退屈


――――退屈させないから、一緒にいよう。


咥えていた煙草を取られて、そのまま口付けられた。唇を開いてやったら、ここぞとばかり舌を忍ばせてくる。ちゃっかりしてやがると、思った。
「―――煙草の味がするね」
何度か舌を絡めあわせ唇を離せば、何時もの人懐っこい笑みがそこにあった。本当にどんな時でも、どんな瞬間でも…どんな奴にも、こいつはこうして微笑っている。
「当たりめーだろ、今吸ってたんだから」
取り上げられた煙草を奪い返せば、それは既に火が消されていた。気にいらねえと睨みつけてやったら、また食えない顔で笑った。へらへらと、笑う。
「未成年は煙草なんて吸っちゃいけませんよ、阿久津くん」
「説教なら沢山だぜ、うせろ」
「やーだよーん。せっかく君を捕獲したんだから」
そう言ってまたこいつは俺の唇を塞いできた。今度は触れるだけの軽いキス。その間に俺の煙草を奪われた。そのまま近くにあった灰皿に吸殻を放り投げられて、そして。
「煙草よりも、俺のキスの方が美味しいでしょ?」
「…何馬鹿言ってんだよ…てめーは……」
「ね、もっと美味しいコトしようよ」
そしてそのまま。そのままシャツの裾から手を忍びこまされて、冷たい手が直接肌に触れた。



何もかもが、くだらなかった。何もかもが、無性に嫌だった。
理由なんて知らない。訳なんて分からない。ただ。ただ日常全てが。
その全てがつまらなくて、退屈で。そうだ、俺は。俺はひどく退屈で。
どうしたらそれがなくなるんだろうかと、ずっと。ずっと考えていた。


『退屈させないから、一緒にいよう』


くだらねーと思いながら、馬鹿みてーだと思いながら。それでも重なってくる唇の感触がひどく、艶かしくて。身体を弄る手のひらの冷たさがひどく、リアルで。
抵抗するのも馬鹿らしくなって、その身を任せていた。その腕に抱かれていた。何でこいつは俺にこんな事をするんだろうと、ぼんやりと思いながら。ぼんやりと考えながら。
けれどもそれも何時しか。何時しか襲ってきた痛みと快楽のせいで、思考すらも吹っ飛んでしまった。
頭の中が、真っ白になる。何も考えられなくなる。ただ与えられる感覚を追うだけになって。与えられる刺激を追うだけになって。そして。そして何もかもが、無になって。


それはひどく。ひどく心地良く、そしてひどく虚しいものだった。



肌に触れられる指。男なのにコイツは妙に指が綺麗だった。かと言って女みたいなしなやかな指とは、違うけれど。でも綺麗な指だって事だけが、印象に残っている。
「…っ…くっ……」
俺の身体を知り尽くした指。感じる個所を的確に攻めてくる。どこをどうすればいいかなんて、こいつは全部見透かしてやがる。
「声、殺さなくていいのに」
ぞくりとするほど、こいつの声は耳に響いてくる。耳に、落ちてくる。それが脳裏にこびり付いて離れなくなる頃には、俺はどにも出来なくなっていて。どうにもならなく、なっていて。
「…うっ…うっせー……」
「声、殺さないでよ。俺君の声聴きたいから。もっと、聴きたいから」
耳たぶを軽く噛まれる。そのまま舌が柔らかい肉に滑りこんでくる。ぴちゃりとわざと音を立てながら、耳たぶを犯される。
「―――聴きたいんだ、俺しか知らない君の声」
ふと、思った。こいつ女抱く時に、誰にでもこんなセリフを言っているのだろうかと。こんな風にこびり付いて消えない声で囁きながら、女を堕としているのかと。
「…ふっ…は…ぁ……」
敏感な個所を嬲られながら、脚を開かされた。前には触れられずに、一番奥を指で掻き回される。こんな風にココを弄られるのを許すなんて、自分でも思わなかった。こんな風に身体を許すなんて、自分の中でありえない事だったのに。

ただあまりにも毎日が退屈だったから。あまりにも日常がくだらなかったから。

男に突っ込まれて、喘いでいる自分が滑稽だと思う。こうして女のように脚開いて、こいつを受け入れている自分をくだらないと思う。けれども。けれどもこんな風に思っている俺を、こいつは。こいつ、は。
「セックスは楽しいよね、でも虚しいね」
貫かれる痛みを堪えながら薄く開いた瞳で、お前の顔を見た。優しくて、そして何処か淋しげな笑顔だった。何時も見せているへらへらした顔とは違う。ひどく胸に。胸の奥に残るような、そんな表情。
「…てめー…人に突っ込んでおいて…何言ってやが…っ…!」
強く中を抉られて一瞬息が詰まる。それを解くために唇を開いたら、自分の声とは思えないような甘い声が零れて来た。鼻にかかる、甘い声。それが嫌でたまらなくて唇をきつく噛み締めたら。噛み締めたら、お前の指がそっと。そっと俺の唇に触れて。
「駄目だよ、唇を噛み切っちゃうから。だから駄目だよ」
唇をなぞる指。綺麗な、指。冷たい、指。重ねあっている肌はこんなにも熱いのに、どうしてこいつの指だけはこんなにも冷たい?どうして、こんなにも冷たいのか?
「これ以上、自分自身で君は傷ついちゃ…駄目だよ」
また、胸に残る声で。こびり付いて離れない声で、お前は言って。お前は俺に、告げて。そして思考の全てを奪うように、俺を激しく貫いた。



尖った刃物は、触れれば傷が付く。当たり前の事。
でもその尖った刃物は剥き出しだから。剥き出し、だから。
だからそれを握り締めている君自身も血を流している事を。
君自身も傷ついている事に、君は。君は気付いている?


セックスは楽しいけれど、虚しいね。だって君は空っぽだから。今ここに君自身がいないから。


難しいね、本当に君は難しいよ。
退屈させないなんて言ったけれど。
でも本当はそれが一番。一番、俺にとって。
俺にとっての、難題なんだ。


でも君が欲しいから。だからどんな手を使ってでも、俺は君を手に入れるから。



重ねあった肌から零れる汗が気持ち悪い。
けれども聴こえてくる心臓の音は…嫌じゃなかった。
抱きしめられる腕も悪くない。落ちてくる唇の感触も。


「好きだよって言っても、君は信じないんだろうな」


そして耳に残って消えない言葉も。こびり付くその声も。
嫌だとは思えない自分がここにいる。ここに、いる。



――――けれども俺はその言葉を聴かない振りをした。聴こえない振りをした。

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