Hal


――――見えない糸で、身も心もがんじがらめに縛りつけたい。


首筋から薫る微かな汗の匂いも。唇から零れる甘い吐息も。
全部、全部、この腕の中に閉じ込めてしまえたならば。
全てを閉じ込めて、しまえたならば。このまま。


このまま、首を締めて殺してしまいたい衝動に駆られる。


薄暗い室内で白いシーツだけが、ひどく視界に焼きついた。真っ白なシーツのその色だけが。
「…不二っ……」
仰け反る喉に唇を落としてきつく吸い上げる。この場所に痕はつけるなと何時も言われていたから、だから。だからわざと痕を付けた。
「…そこは…止めっ……」
「ダメ、今日は止めない。いいでしょ?」
いいでしょ?そう言われて『ああ』と言える手塚ではなかった。けれども強く否定する事も、出来なかった。じわりと這い上がる快楽のせいで潤み始めた視界。その中で一番近くにあるひどく綺麗な顔。まるで女のように綺麗なその顔は、けれどもそれとは似つかわしくない残酷さを持っている。穏やかで優しげなその顔に似合わない、残酷さを。
けれどもそれを拒む事が出来ないのも、手塚は分かっていた。どんな事になっても、自分が彼を拒めないのを。
「いいでしょ?今日くらいは君が僕だけのものだって…実感させて、ね」
微笑う笑顔は一瞬だけ儚く見えた。けれども次の瞬間には、何よりも怖いもののように思えてくる。そして最後には。最後には哀しいほど、綺麗なものへと変化してゆくのだ。
何時もそうだった。何時も、そうだ。自分にとって目の前の相手は、そんな存在だった。
「…不二…俺は……」
縺れる吐息を堪えながら、必死で言葉を紡ごうとする。けれどもその先は冷たい不二の唇によって、閉じ込められてしまった。


複雑に絡み合った糸が、ふたりを結んでいる。
つま先から、小指から、その真っ赤な糸が。
真っ赤な糸が、血を流しながらふたりを結ぶ。


それを解きたいのか、引き千切りたいのか。必死になって護りたいのか…もう分からない。


身体を重ねる事が全てじゃないって事ぐらい、不二には嫌というほどに分かっている。深く貫いて得られる快感と、全てを吐き出した後に訪れるどうにも出来ない虚しさと。何時もその繰り返しが螺旋階段のように続くだけだ。それでも求める事を止められない。この身体を貪る事を止められない。
「…ふっ…あっ…あぁっ……」
どんな時でも無表情の彼が。コートの上ですら顔色一つ変えようとしない彼が。こうして自分の腕の中で身体を朱に染め、口からは甘い吐息を零している。それだけで、眩暈がする程の快楽だった。それだけで疼きすら憶えるほどの快感だった。
「―――手塚好きだよ、君だけが好き」
朱に染めた肌に指を這わし、尖った胸元をきつく摘む。ぎゅっと握り締めれば腕の中の身体は鮮魚のようにぴくりと跳ねた。
「…不二っ…あぁっ…はぁ…っ……」
どんな時よりもこうしている時に名前を呼ばれるのが、何よりも嬉しく何よりも苦しい。自分以外だれも知らない声で、名前を呼ばれる瞬間。嬉しくて堪らないのに、何時かそれを失うのではないかと怯えずにはいられない。何時か、失うのではないかと。
「好きだよ、だからキスして。君から、キスして」
「…不…二っ…んっ…んんっ……」
目を閉じ顔を上げ、手塚は不二に言われた通りに口付けた。そうなるように仕込んだ。何度も快楽と苦痛を与え、自分の腕なしではいられないようにする為に。それしか、分からなかった。それ以外の方法を思いつかなかった。自分の元に彼を引き止める方法を。

身体で繋ぎ止める以外の方法を…自分は思い付かなかった。


ずっと一緒にいられると思っていた。ずっと同じものを見てゆけると思っていた。
『…越前か…凄いな…奴は……』
追われる事しか知らない彼。追い掛ける事を知らない彼。そんな彼が。
『…怖いな……』
初めて出逢った、視線を追わずにはいられない相手。


テニスで彼を自分の元に引きとめられないのならば、こうする事でしか引きとめる術を知らなかった。


脚を開かせ、そのまま一気に貫いた。強い衝撃に手塚の形良い眉が歪む。けれども構わずに不二はその身を進めていった。熱く柔らかい内壁が、不二自身をきつく締め付ける。その抵抗を掻き分けるように腰を進めてゆけば、白い喉が仰け反りその口から悲鳴のような声が零れた。
「…あああっ…あぁぁっ!……」
繋がっている身体。熱い、身体。この熱と同じだけ、彼の心も熱くなっているのだろうか?それともこんなにも激しい衝動に侵されているのは自分だけで、彼にとってはこの行為はただの欲望の捌け口でしかないのだろうか?
「…手塚…手塚……」
名前を呼べば必死に瞼を開いて自分を見つめる瞳。ああ、このまま。このまま首を締めたいと思った。自分だけがその瞳に映っている瞬間に、首を締めてしまいたいと。そうしたら、自分だけのものになるような気がして。
「…ふっ…はぁぁぁっ!!」
けれども首は締めることは出来なかった。こうして身体を突き上げ肉を擦れさせる事しか。追いつめ、泣かせて、自分の名前を呼ばせる事しか。それしか、出来ない。出来なかった。
「…あぁぁっ…不二っ…不二っ!…ああああっ!!」
きっと今首を締めて殺したとしても、やっぱり彼は自分だけのものにならないのを嫌になるくらいに分かっていたから。



身体は繋がったままだった。欲望を吐き出しても繋がったままだった。
「…不二…俺は……」
それが手塚の口の動きを不自由にしても、それでも彼は言葉を紡ぐ。
「…俺は…誰のものでもない……」
紡がなければいけなかった。伝えなければいけなかった。どうしても。
「…俺は俺だけのもの…だから……」
その泣きそうな瞳を、どうしても。どうしても見過ごせないから。



「…でも…お前のそばに…いたい……」



手塚の言葉に不二は微笑う。何時もの笑みで、微笑う。その言葉を今は信じる以外に自分は何も出来ない。何も出来なかった。

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