眩暈


全てが溶かされて。全てが溶けていって、そして。
そして全部が、液体になったなら。全部水分になれたなら。
どろどろに溶けて何もかもが流れていけたら。


――――頭が痺れて、軽い眩暈を覚える。このままふと、真っ白になりたいと思った。


強引に髪を掴むと、そのまま貪るように口付けた。零れる吐息を全て奪うように、激しく口内を貪る。逃げ惑う舌を強引に絡め取り、睫毛が震えるまで開放しなかった。
「…不二…やめっ……」
唇が離れて吐息交じりに零れた言葉は、否定だった。けれども彼が完全に自分を拒めない事は不二には分かっている。拒めるはずがないという事は。
「キスだけじゃ、足りない?」
眼鏡の下の瞳は微かに潤んでいる。それを確認して不二は手塚の眼鏡を外すと、そのまま近くにあった机の上に置いた。そうして曝け出される素顔に、軽い満足感を覚える。軽い、独占欲を覚える。
「…お前は……」
挑むように見つめてくる双眸を不二は何時もの笑みで受け止めた。そのまま瞼の裏にその瞳を焼きつけてもう一度唇を塞ぐ。唾液で濡れた唇は、ひどく不二に甘い感触をもたらした。
「僕は足りないんだ。何時も、足りないんだ」
唾液のせいで濡れた唇。艶やかに紅く色付いた唇。それをそっと指で触れれば、指先にじわりとした痺れを感じた。甘い、痺れ。それが全身に廻ったなら、きっと。きっとそれはひどく甘美な疼きになるのだろう。
「―――君を思うたびに、足りないと感じるんだ」
髪を、撫でる。さっきは強引に掴んだから、今は優しく。優しく、髪を撫でる。こうして与えられる優しさを手塚は決して拒めないと知っているから。だから、触れる。だから、優しく触れる。


君を手に入れる為ならば、どんな事でもしよう。
どんな卑怯な事でも、どんな卑屈な事でも。
狡猾な罠を張って、君を捕える。逃げられないように。
君の心の隙間に付け込んで、そして。
そして内側から、君を絡め取ってゆく。見えない糸で。
見えない透明な糸で、君をがんじがらめに縛りつけるんだ。


こめかみに、口付ける。軽く歯を立てて、そのまま。そのまま君を抱きしめた。


不二の手が手塚のワイシャツの裾から忍び込んで来る。ひんやりとした、手。それが微かに熱の灯った手塚の身体には、ひどく冷たいもののように感じた。
「…やめ…不二…っ……」
指先が胸の突起に触れる。強く触れられて、思わず手塚は息を飲んだ。その刺激にシャツの上からでも乳首が立ち上がっているのが分かる。それがひどく恥ずかしく手塚は耐えきれずに、ぎゅっと目を閉じた。
「止めないよ、だって君の否定は口だけだ」
「…やぁっ…ぁぁっ……」
指が突起に触れるたびにじわりと背筋から快楽が這い上がってくる。それを止める術を手塚は知らない。指先から与えられる強い刺激に、ただ身悶えする以外には。
「だって感じているでしょう?」
刺激から逃れたくて、首を左右に振った。けれどもそれは無駄でしかなかった。巧みな不二の指は的確に手塚の弱い個所を攻めたててゆく。幾ら首を振っても身体を捩っても、全身に廻り始めた熱を押さえ込む事は出来なかった。
「…はぁ…はぁ…あぁ……」
身体を引き剥がそうと背中に廻された腕は、何時しかその背中にしがみ付いていた。それに気付いて不二はくすりとひとつ微笑うと、ワイシャツをたくし上げた。隠れていた胸の突起が不二の眼下に晒される。その果実に舌を這わせれば、背中に廻された腕の力が強くなった。
「…あぁっ…止め…そこ…は……」
「ココは気持ちいいんだよね」
口で突起を咥えながら不二は囁く。そのたびに舌と歯が、予想外のリズムと刺激になって手塚を襲う。そのたびにびくびくと身体は痙攣を繰り返す。
もうひうなってしまえば、絶対に手塚は不二を振り解く事は出来ない。後はどうにも出来ない罪悪感に溺れながら、自ら身体を開くだけだ。それを知っているからこそ、不二は動きを止めない。止めなかった。
「…はぁぁ…あぁ……」
頭で分かっていても、それでも止められなくなるまで。罪悪感よりも勝る快感を与えたのは、全て。全てこうなる事が分かっていたから。こんな事をしてまでも、不二は。不二は手塚だけが、欲しかった。


君の優しさに付け込んだ。君の弱さに付け込んだ。
絶対の強さを持たなければならない君に眠る内側の弱さ。
その弱さに気付き、そして救いの手を差し伸べながら。
差し伸べながら、君の中に入ってゆく。君を捕えてゆく。
逃れられないように君の中に。君の中に糸を絡ませる。
何処にも君が、いけないように。僕から、逃げられないように。


――――内側から絡め取り、そして。そして逃れられないように所有の痕を刻む。


下着を脱がすと前には触れず、最奥の蕾に指を突き入れた。きつく閉じられた入り口を何度かなぞりながら、指を奥へと埋めてゆく。締め付けてくる抵抗感を、味わいながら。
「…くふっ…はぁっ…あ……」
くちゅりと、濡れた音が響く。それが手塚の耳にリアルに届いて、肌を羞恥の色に染めさせた。けれども濡れた音は耳から消える事はなく、直接的に手塚に響いてくるのだ。
「…あ…あぁ……」
「くす、もうすっかり後だけでイケるようになったね」
「…ち、違っ……」
口で否定しても不二の指が中を掻き回すたびに、手塚自身は形を変化させてゆく。くっきりと脈が浮き上がり、開放を求め限界まで勃ち上がっていた。
「違わないよね、こんなにしてるのに」
「ああっ!!」
ぴんっと指先で自身の先端を弾かれた。これが今日初めて手塚自身に触れた不二の手だった。離れてもその感触がくっきりと手塚自身に刻まれる。それだけで、勃ち上がっているそれは小刻みに震えた。
「…ぁぁ…不二…っ……」
潤んだ瞳が媚びるように不二を見つめる。けれども手塚にはそんな自覚はないだろう。それでいい。それでいいと、思った。この瞳を知っているのが自分だけならば、それでいいと思った。
「大丈夫、今挿れてあげるからね。そんな顔しなくても…たっぷり味あわせてあげるから」
不二は手塚の脚をM字型に曲げさせると、そのまま。そのままゆっくりと彼の中へと挿っていった。


この瞬間、何時も。何時も、思う事がある。
このまま液体になってしまえたらと。このまま。
このままどろどろに溶けてしまえたらと。
そして君の中に入り込み。君の中に流れこんで。
君の血と君の内臓と、全部。全部、僕が。
僕が絡まって、そして。そして支配できたらと。


そうしたら僕だけのものになるねって。僕だけのものに出来るねって。


擦れあう肉の濡れた音だけが室内に響いて。
「…ああっ…あぁぁっ…ああ…っ!」
重なり合う心臓の鼓動だけが身体を埋めて。
「…もうっ…不二…俺は…俺はっ…あっ……」
繋がって、埋めあって。ひとつになって。それでも。
「ああっああああっ!!」
それでも何処かにある消えない隙間は、どうしたらいいのだろう?



眩暈が、する。軽い眩暈が、する。頭の片隅に在る真っ白な空間が、それを誘っている。



抱きしめて、きつく抱きしめて。痺れるほどのキスを繰り返しても。
「…不二…もう…止め…これ以上は……」
繋がって、擦れあって。何度も中に欲望を吐き出しても。
「…壊れ…る………」
どうして埋められないのだろう。どうして全てを埋められないのだろう。


意識を手放した手塚を不二はきつく抱きしめた。骨が砕けるほどきつく抱きしめて、そして。そしてキスをする。そっと、キスをする。それは腕の強さの正反対の、優しくそして哀しいキスだった。



眩暈が、する。くらくらと、している。
このまま堕ちたら楽になれるのだろうか?それとも全てを。
全てを失ってしまうのだろうか?

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