非日常恋愛


当たり前に過ぎ行く日々の中で。変わりない日常の中で、少しだけ零れ落ちた時間。少しだけ、日常から切り取られた時間。
だからこの瞬間だけは。この時間だけは。嫌になるくらいに『何時も』の自分が見失われてしまう。
「前髪伸びたね、切らないの?」
相変わらず綺麗な指だと跡部は思った。男の指なんて普段気にも止めないけれども。けれども目の前の男の指だけは、何時もそう思わずにはいられなかった。女の細い指とは違うけれども、長くてしなやかな指先。嫌になるくらいに、目に入ってくる指先。
「暇、ねーんだよ」
頭一つ分くらい身長差があるから、こんな場面でなければ見上げる事はない。ベッドの上に腰掛けている自分を、相変わらず食えない瞳で見つめてくる相手を。―――違う、今は見下ろしている相手だ。頭上から自分を見下ろしている相手。何だかそれはひどく居心地が悪い。
「テニス三昧で?らしいね。でもこんな跡部くんも好き」
にこにこと微笑うと千石は跡部の前髪を指先で掻き上げた。そして現れた形良い額にひとつ唇を落とす。暖かく濡れたぬくもりがじわりと跡部に伝わり、それが彼の睫毛をひとつ震わせた。見た目よりもずっと。ずっと、長い睫毛を。
「――――全く、てめーは…どんな俺でもいいのかよ」
飽きれたような口ぶりで言っても千石は相変わらずの笑顔を向けてくる。どんなに冷たくしても、どんなにあしらっても、どんなに…酷い事を言っても。目の前の相手は何時も笑っている。飽きれるくらいに、笑っている。
「うん、ベタ惚れだからね。俺君の全部が好きだから」
どんなになってもその言葉を告げ続けるのだろうか?どんな瞬間でもその言葉は与えられるのだろうか?ふとした瞬間に自分はそんな疑問を思い浮かべてしまう。けれどもその答えは何時も。
何時も微笑って思考すら奪うキスをしてくる目の前の相手に…奪われてしまう。



日常の中にこいつの存在だけが組み込めない。
繰り返される日々の中でこいつだけが、違っている。
俺にとって何時になってもお前だけが。お前、だけが。
『当たり前の日常』から、切り取られている。



指先が何度も髪に絡まってくる。自分の髪の感触を確かめるように、何度も何度も。そしてそれと同時に繰り返される、キス。顔中の全てに降り注がれるキス。唇が触れていない個所など何処にもないようにと。何処にも触れていない個所なんて、ないようにと。
「…んっ…はぁっ……」
何時の間にか開かされた唇に、千石の舌が忍び込んで来る。どんな顔をしているのか見てみたくて薄く目を開いた跡部を追い詰めるように、激しく舌を絡めながら。
「…千…石っ…んんっ……」
キスの上手い奴だと思う。何処で覚えて来たのか聴くのが怖いほどに。けれども聴いた所でこの関係が変わる訳ではないけれど。今更自分が、この腕を離す事なんて出来ないから。
「―――可愛い。跡部くん、大好き」
キスの合間に伝えられる言葉は、何よりも愛しげで。嫌になるくらいに自分を好きだということは伝わってくるから。だからそれでいいんだと、思っている。それで、いいんだと。
自覚はあったから。自覚があるから。こんな風に囁かれて嫌じゃないと思っている自分に。こんな風にキスされて、嬉しいと思っている自分に。
「大好きだよ、跡部くん」
不安とか、何故とか。そんな疑問すらも浮かんでこない程に、目の前の相手は自分に気持ちをぶつけてくる。自分に気持ちを見せてくる。だから。
「大好き」
だからきっと。きっと自分もこの関係に心地良さを覚えているんだろうと、自分に言い聞かせていた。



こんな自分は自分じゃない。何時も何処かで思っている。
こうしてお前の想いに溺れて、安らぎを覚えている自分は。
こんな甘い関係に心地良さを覚えている自分は。けれども。
けれどもまた何処かで思っている。何処かで、気付いている。


こうしている自分もまた。また間違えなく『自分自身』の本当の姿なんだと、そう。



何時の間にかシャツのボタンは外され、濡れた唇が肌を滑っていた。その感触に跡部は耐えきれずに口から甘い喘ぎを零す。その声に羞恥心を覚え唇を噛み締めようとすれば、綺麗な千石の指先が唇をなぞり、それを許してはくれない。
「駄目だよ、唇噛んじゃうからね」
どうしてこんな瞳が出来るんだろうと思うほど、千石の瞳は優しい。特にこんな瞬間は、苦しいくらい優しい。普段のへらへらとしている表情からは想像が出来ないほどに。
「…ふっ…はぁっ……」
唇を噛むことは諦めた。けれども出来る限り声を殺した。まだ意識がはっきりとしている内は、快楽よりも羞恥心が勝ってどうしても出来ない。それを分かっているせいかわざとなのか、千石の愛撫はひどくもどかしいものだった。柔らかい愛撫でゆっくりと、跡部を追い詰めてゆく。じわりと、追い立てゆく。
「…千…石…っ…あっ……」
微かに頬を染め息を上げてくる跡部の顔を千石は見下ろした。一瞬愛撫を止めて、見下ろした。
普段はきつく睨んでいる視線は瞼の裏に閉じ込められている。開けば憎まれ口ばかり叩く唇も、今は濡れて艶やかに紅い色を示している。それはどんなものよりも、千石には綺麗なものに見えた。とても綺麗な生き物に、見えた。
「好き、跡部くん。君だけが好き」
額が汗ばんできて伸びた前髪が張り付いている。それを掻きあげて、額に口付けて。柔らかな輪郭のラインをそっと指先て辿って。愛しげに辿って。
「本当自分でもどうしていいのか分からないんだ―――君を好きに、なりすぎて」
千石の言葉に嘘はない。何時も嘘だけはなかった。どんな時でも、どんな瞬間でも。自分に告げられる言葉だけは、本物だった。それは嫌になるくらいに、自分自身が一番分かっていることだから。
「…だったら…ずっと…惚れてろよ…俺に…ずっと……」
跡部の言葉にひとつ、千石は微笑った。多分君ならそう言うと思ったよ、と。目を細めながら。



降り注がれ言葉が、何時も。何時も俺を違う場所へと連れてゆく。
当たり前の場所から。普段俺が立っている場所から。違う所へと。
でもそれすらも。それすらも、きっと。きっと俺は何処かで。


――――何処かで、望んでいたのだろう。



貫かれた痛みに一瞬跡部の顔が苦痛に歪む。けれどもそれはすぐに別の表情へと解かれてゆく。快楽へと解かれてゆく。
「―――あっ…あぁぁっ!」
背中に腕を廻し、きつく爪を立てて。突き上げてくる肉の感触に溺れながら。押し広げられる感覚に夢中になりながら。
「…千石っ…あぁっ…あぁぁ……」
こんな風に男に貫かれ声を上げている自分は、日常の何処にもいない。こんな自分は何処にもいない。けれども。けれども今こうして背中に腕を廻し、自ら腰を振っているのは自分自身だ。
―――普段の生活の何処にもない、けれども存在している自分自身だ。
肌の熱さを、知っている。重ねあう鼓動を、知っている。擦れ合う肉の感触を、知っている。そして。そして泣きたくなるくらいに優しいキスを、知っている。
「…好き、跡部くん…大好きだよ…だからずっと…ずっと俺の腕の中にいて……」
理屈でもない。思考でもない。感覚でもない。ただここで。ここで今、感じているものが全て。全て、だから。
「…千…石…せんごく…あああっ!!」
それが何なのかと聴かれたら、自分はこれしか思いつかない。これしか、思い浮かべられない。



――――お前が、好き…なんだと……



日常から切り取られた時間。切り取られた空間。
でもそれは俺にとって。俺にとって必要なものだった。
悔しいくらいに、必要なもの、だった。



「大好き、跡部くん」



その言葉がずっと。ずっと続けばいいと…本当は俺の方が、思っている。
日常から零れたこの言葉が、ずっと。

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