>> Presure > 01 / 02 / 03 / 04 > site index

 当たり前過ぎて、ずっと忘れていた。
どんな時でも、お前が傍にいてくれた事を。


PROLOUGE


―――それはたった一つの、自分だけが見つけた星。

「―――なぁ、一志」
「何だ?藤真」
藤真は親指の爪を無意識に噛みながら、隣に座る一志に尋ねる。そんな藤真の仕種を横目で見た一志は溜め息を一つ付きながらも、律儀に彼に返答してやる。
「あの3番、何て言うの?」
形が悪くなるから止めろと何度も注意したのに、藤真は爪を噛む癖を止めなかった。今ではもう、一志も注意するのは諦めているが。
「3番?3番ってどっちの方だ?」
「どっちって白いユニホームの方」
一志は藤真の指差す方向へと視線を移す。そこには確かにコートの中でも、一際目立つ背の高い選手がいた。
「お前、知らない?」
「知る訳無いだろう。俺はバレーは専門外だ」
「俺だって、知らないよ」
相変わらずの藤真の物言いに、慣れた一志も流石に呆れてしまう。自分でバレーの試合を見に行こうと言ったくせに、これである。
けれどもまた、自分がそんな藤真の我が儘を全部聞き入れてしまうのも、事実で。
「しょうがねーな、後で調べといてやるよ」
「わあ、ありがとう一志」
そう言って藤真は無邪気に微笑う。その笑顔は、無条件に一志だけのものだった。滅多に、いや、殆ど他人を信用しない藤真が、唯一信頼するのは一志だけだった。藤真が本音を言うのも、彼の前だけだった。
「でも何で、あいつを知りたいわけ?」
でもそれは藤真が、知っているから。自分のルックスや下心目当てで近づくやつらと、一志は明らかに違う事を。彼は決して自分に見返りを求めないから。
見返り無しの純粋な想いだけを、くれるから。
「……してみたいんだ………」
「―――え?」
だから藤真はこの幼なじみに絶対の信頼を置いている。彼だけは自分を決して裏切らないと知っているから。
「あいつとバスケ、してみたいって思ったから」
そう言ってまた、藤真は微笑った。それはひどく、楽しそうで。それは一志がしばらく忘れていた藤真の顔だった。

ACT / 1


――――子供の頃、桜が嫌いだった。
一面に散ってゆく桜の花びらを見上げながら、ひどく泣きたくなった事もあった。
ただ、哀しくて。理由も無く切なくて。
一生懸命花びらを集めようとした事もあったけれど。
何時もその花びらは手のひらから擦り抜けて。
そして、消えてしまった。

多分、物凄く退屈だったのだと思う。理由の無い退屈と、ひどい無気力感。
「―――花形、お前部活入んねーの?」
バレー部の勧誘に来た先輩たちの誘いを断って帰宅しようとする花形に、クラスメートが呼び止める。
「…ああ、何かめんどくさくて……」
「へぇーでも勿体ないなー、お前のそのガタイならば幾らでも勧誘が来るだろうに」
クラスメートの言う通り、花形の身長は標準男子のそれを遙かに越えていた。高一にして既に190cmに達しているのだから。御陰で現に今も目の前の彼を見下ろす恰好になっている。
「ガタイだけならな。それじゃあ俺帰るから」
そう言い残して花形は、とっとと帰宅してしまう。そんな花形の後ろ姿を見ながらクラスメートは一言『つまんない、奴』と、言った。

校舎を出て校門までの一本道を挟んで、一面に校庭が広がっていた。スポーツ校として有名な翔陽高校は、私立と言う特権を生かして県内でも相当のスポーツ施設を持っている。
特にバスケ部は名門で、毎年インターハイに名を連ねる常連校でもあった。
花形はその道を歩きながら何を見る訳では無く、ただぼんやりと校庭を見渡していた。
その視線が不意に、止まる。校庭の先にある体育館の前に、妙な人だかりが出来ているのだ。この時期各部は新入生獲得何かで忙しい筈なのに、様々な人間が集まっている。
「――――何だ?」
思えば何時もの自分なら、こんな野次馬みたいな事は興味が無い筈だった。とっとと帰っている筈だった。けれども何故かこの時だけは、自分は自然に足を向けていた。
今思えばそれは自分が余りにも、退屈していた為だったのかもしれない。あまりにも毎日が同じで、つまらなかったのかもしれない。
けれども確かに自分は自らの意思で、体育館に足を向けてしまったのだ。

――――それは『衝撃』と言う言葉には、余りにも鮮烈過ぎた。

「止めとけ、藤真っ」
一志が止めるのも構わずに藤真は手元のバスケットボールを取ると、目の前の先輩たちを睨み付けた。
「そうこなくっちゃ、ね。流石はスーパールーキー」
一人のリーダー各の先輩が挑発するように、藤真に笑い掛ける。けれども藤真はそんな先輩を無視して、手元のボールをドリブルし始めると。
「行きますよ、先輩。一年生だからって舐めないで下さいね」
にっこりと恐い程綺麗な顔で微笑うと、ボールを持って走り始めた。

「何、やってんだ?」
黒山の人だかりを避けながら、花形は近くに居た生徒に尋ねる。未だ一年生らしい彼は、にっこりと笑って。
「バスケ部の先輩達が藤真サンの実力を試しているんですよ。あの人、スーパールーキーだから」
「…藤真?……」
「知らないんですか?今ボール持ってる人ですよ」
「しかし、何でこんなに人が集まるんだ?」
花形は根本的な事を問題にした。その藤真と言う奴が凄い奴だと言うのは、何となく分かった。がしかし、この人だかりは異常である。
「ここが、男子校だからじゃないですか?」
「……はぁ?………」
益々分からないと言った風に、花形は聞き返す。けれども彼は別段気にした風も無く。
「もう先輩たちでチェック入れてる人、多いですよ。けれどもまあ、あんなに綺麗な人なら、しょうがないですけれどね」
「…………………」
花形は思わず返す言葉を失ってしまった。これが男子校の実体なのだろうか?何となく先行きに不安を感じてしまう。
突然廻りからわあっと、歓声が上がる。花形は咄嗟にその歓声の原因へと視線を移す。
―――その瞬間の事を、自分は今でも上手く説明する事が出来ないだろう。
それくらいのそれは『衝撃』だった。まるで全身を稲妻で貫かれたような。そんな感覚だった。
自分よりも10cm以上大きなやつらの間を、まるで風のように擦り抜けて。まるで玩具を扱うかのように、簡単にゴールしてしまう。
その動きにはまるで無駄が無くて、そして何よりも綺麗だった。まるで一枚の絵のように。彼がゴールするシーンはひどく、綺麗で。
―――その一挙一足に、瞳が盗まれた。
「やったね」
茫然とする先輩たちを余所に藤真はにっこりと微笑うと、心配そうに自分を見ていた一志の元へと駆け寄る。そんな藤真に一志は溜め息を一つ、付くと。
「本当に、お前は」
しょうがないなと口外に含みながら、くしゃりと髪を撫でてやる。そんな一志に藤真はとても、無邪気に微笑った。それはまるで子供が両親にみせるようなそれ、だった。
周りから歓声が上がる。そんな彼らに藤真は、罪な程綺麗な笑顔で答えた。多分、これで又彼の隠れフリークが増えるだろうと、一志の心配を余所に。
その藤真の視線が不意に、一点で止まる。けれどもそれは一瞬の事で周りの人間たちが気付く事は無かったが。けれども。
けれども、花形だけは気付いていた。その瞬きする程短い時間の中で。
―――何故ならば、その視線は自分に向けられていたものだったから……。

――――瞼の奥の残像が、消えなくて。

ひどく、挑戦的な瞳だった。女みたいな綺麗な顔をしながらも、瞳だけは挑戦的で。強気な光を讃えていた。
「……何なんだよ………」
ひどく、いらいらする。何だか落ち着かない。これは、一体何だろう?まるで焦っているみたいだ。―――焦っている?
花形はあれから家に帰る気にもなれずに、ぶらぶらと街中を歩いていた。そして気付いた時には、近くの公園へと足を運んでいた。
もう太陽は半分隠れ掛かっていて、空は次第に薄紫へと変化していた。もうすぐ、太陽も沈むだろう。
「……バスケか………」
誰かが持って帰るのを忘れたのだろう。ボールが、砂場の横に落ちていた。花形は何気にそれを広い上げると、ドリブルを始めた。
――――綺麗、だった。純粋に綺麗だと思った。シャープな動きも、ボールを離す時の手の先も。真っ直ぐにゴールポストに向けられた視線も。全部、綺麗だと。
そして、この衝撃。こんなのは今まで知らなかった。今まで何をやっても適当にこなしていた。
今まで何をやっても、失敗した事が無かった。けれども今まで、何かに真剣になった事も、何かに夢中になった事も、何かに執着した事も無かった。けれども。けれども、どうしてこんなにも気にしてしまうのだろうか?何故、こんなに彼の事を。
まるで、執着しているみたいに。まるで――――。
もどかしいと、思う。今の気持ちを言葉にする事が出来ない。訳の分からない焦りと、訳の分からない執着。これは一体、何?
「……なんで、あんな瞳………」
本当に真剣な眼差し。ギャラリーに向けた笑顔とは全く別の。コートに向けられたあの時の視線。あんな瞳を、花形は知らない。挑戦的で自信家のようにも見えるのに、あんなにも真っ直ぐで真剣な瞳は。
――――羨ましい、と思った。それは遠い昔に自分が無くしてしまった、何かに似ている。そう、自分が忘れてしまった気持ちに。
花形は公園に設置されたバスケットゴール目掛けて、手元のボールをシュートする。それは綺麗な弧を描いて、ゴールポストに吸い込まれた。――――その時、だった。
「ナイス・シュート」
少し舌ったらずの声が、花形の耳に届いたのは。そして、振り返った先には。
――――さっきの瞬間と、一瞬も変わらない挑戦的な瞳が自分を見つめていた。

「さっき、俺を見ていただろう?」
「―――ああ、見ていた」
目の前に居る彼は、コートの時よりもずっと小さく見えた。実際身長も花形よりも頭一つ分くらい小さくて、彼は上目遣いに自分を見上げていた。まるで夜空のような漆黒の瞳が、真っ直ぐに自分を見上げてくる。
「何で?」
さも当たり前のように、彼は尋ねる。でもその瞳が裏切っている。まるで全てを見透かすような、自信家の瞳。
「綺麗だったから」
けれども次に発せられた花形の台詞に、彼は真実驚きの表情を浮かべる。そして次の瞬間、彼はとても嬉しそうに、微笑った。本当に、嬉しそうに。それはされた花形の方が戸惑う程で。
「……一緒だ………」
「―――え?」
「…ううん、何でも無い。それよりもお前、何て言うの?」
彼はそれ以上の言葉を紡がずに、咄嗟に話題を変える。その続きを聞きたかったのだが、敢えて花形は聞かなかった。何故か、その先は何時か聞かせてくれる気がして。
「俺は、花形透。お前は?」
「藤真健司。宜しく」
にっこりと微笑って、藤真は自らの手を差し出す。花形は少し戸惑いながらも、その手を握り返した。その時になって、藤真の指の細さに驚かされる。これが同じ男の手なのかと。
でも逆にそれを当然の事のようにも思う。でなければきっと、あんな綺麗なシュートは打てはしない。あんなに、綺麗な。
「―――お前、バスケ好きか?」
「…嫌い、じゃない………」
藤真は花形の前を擦り抜けると、彼がシュートしたボールを拾い上げる。花形はそんな藤真の様子をぼんやりと見つめながら、中途半端な答えを出す。
「じゃあ、好き?」
「―――分からない」
「はっきりしない奴だなー。そーゆーの優柔不断って言うんだぞ」
ボールを抱えながら近づくと、藤真は改めて花形を見上げる。口元には柔らかい笑みを浮かべながら。
子供のような無邪気な微笑は何故か、計算された大人の笑みのようにも見える。二面性を持つ表情。それを巧みに見え隠れさせながら。
「悪かったな、性格だ」
「じゃあ、相当損しているだろう?」
楽しそうに微笑う目の前の彼は、きっと自分とは正反対の人間なのだろう。何時でも自分に正直で、迷ったりする事なんてきっと何一つ無いような。
「お前は得ばかり、していそうだ」
「そう見える?」
「見える」
「俺、我が儘だからなー。結構廻りの人間が大変かもな」
とんでもない台詞を、藤真は何でも無い事のように言った。まるでそれが当然とでも言うように。
「……お前なぁー………」
「しょうがないじゃん。本当の事だもの」
くすくすと藤真は微笑うと、彼は手元のボールを花形に渡す。花形はきょとんとした表情のまま、それを受け取った。
「もう一度聞くけど、バスケ嫌い?」
もう一度と言っておきながら、彼は全く逆の側面から質問をした。でもその質問は、明らかにさっきとは違う答えを求めていた。
「―――何て、言って欲しいんだ?」
「別に、ただ聞いただけだよ」
言葉よりも先に瞳が、告げている。求めている答えを。欲しがっている答えを。まるで自分を挑発するようなその瞳が。そして、自分は。
「―――興味が、ある」
自分はその瞳を拒む事が出来ない。分かっていても、その挑発に乗ってしまう。いや、分かっているからこそ。
「ならば」
それは余りにも日常が、退屈だったせいかもしれない。余りにも同じ事の繰り返しで、ひどくつまらなかったせいかもしれない。けれども。
「―――来いよ」
それだけじゃ、無かった。もっとそれ以上の、心臓よりも心よりも奥の部分で、何かが訴えていたから。何かを、求めていたから。
「ああ」
差し出された藤真の手を、迷う事無く花形は受け止める。その瞬間見せた藤真の顔を、花形はきっと一生忘れないだろう。それ程彼は、印象的な笑みを浮かべたから。
――――そして、この瞬間から。全てが始まるから。

桜の花びらは、手のひらから消えてしまったけれど。
確かに自分は消えない何かを、この手のひらに掴んだから。
――――確かな想いを、手に入れたから。

  プロフィール  PR:無料HP  合宿免許  請求書買取 口コミ 埼玉  製菓 専門学校  夏タイヤを格安ゲット  タイヤ 価格  タイヤ 小型セダン  建築監督 専門学校  テールレンズ  水晶アクセの専門ショップ  保育士 短期大学  トリプルエー投資顧問   中古タイヤ 札幌  バイアグラ 評判