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――――落ち葉に埋もれて、死ねたなら。きっと綺麗な夢だけが瞼に残るだろう。

「監督、だって?藤真」
夏のインターハイが終わって三年が引退する頃、何時しかそんな噂がバスケ部内で流れていた。
「らしいな、内にはまともな監督いねーし。あいつは頭も切れるしな」
「けど、やっぱすげーな。俺らとは人種が違うのかねー。同じ二年なのに」
「そりゃー、あいつは一年からレギュラーだし……でも、本当の所はどうかねぇ……」
「―――本当の所?」
「噂では相当裏でやってるらしいよ。何せあの顔だ。先輩たちたらし込むなんて、たやすい―――あ、花形っ」
「楽しそうな話だな」
「……い、いや………」
無表情に花形に睨まれて、彼は明らかにびびっていた。只でさえ鋭い花形の視線は、時には刃物のように他人を傷つける。例えば、今のように。
「俺も聞きたいな」
怒りを含んだ花形の視線は、恐い程鋭かった。

―――多分、誰のせいでも無かった。

「言いたい奴には、言わせとけばいいんだよ」
高二になって初めて花形と藤真は同じクラスになった。けれども部活等の関係でよく一緒につるんでいたので、今更だという感もあるが。
「相変わらずだな、お前は」
「だってそんなの実力で認めさせればいいんだろう?」
勝気な瞳が、不敵に微笑う。自信過剰とも言える台詞。けれどもきっと藤真は、周りを認めさせてしまうだろう。今まで彼は、ずっとそうしてきたのだから。そして、それだけの実力を彼は持っているのだから。
「でも本当にお前監督やるのか?」
それはかなり重大な事である。今までのようにただプレーするとは、訳が違う。プレーヤーに専念するとは。
「何だ、お前。俺じゃあ不満なのか?」
「…いや、そう言う訳じゃないけれど…ただ……」
ただ、心配なんだとは、流石に花形は言わなかったが。でもきっと藤真には分かってしまっただろう。少しだけ不機嫌になっている顔が、それを証明しているから。
「全く、お前も心配症だな。そんな所、一志にそっくりだ」
同じクラスになって会話が増えたと同時に、よく藤真の口から聞かれるようになった名前。彼は何時も極自然に、その名前を口にする。
「…俺は…長谷川じゃねーぞ……」
大切に、していると思う。肉親にすら冷たい瞳をする藤真は、幼なじみである彼だけは本当に大切にしている。時にそれが、胸に痛い程。
「当たり前だろ。誰も一志の代わりなんて出来ないよ」
藤真にとって『一志』は、どれだけの位置を占めているのだろうか?幼なじみ、親友、それとも?
「でも、さ。花形」
藤真の指先が花形の前髪に絡まる。それを指先で弄びながら。彼は。
「お前の代わりも、誰も出来ないよ」
真っ直ぐに花形を見つめながら、そう言った。

秋が来て三年の引退試合が終わると、新チームの体制が告げられる。大方の予想通り、藤真は選手兼監督の地位に着いた。それは明らかに、藤真の実力を判断されての事だったけれど。羨望の対象でもあり、また嫉妬の対象でもあった藤真には、常に様々な噂が流れていた。それは好意的なものもあれば、明らかに悪意を含んでいるものまで様々だった。そして花形が『それ』を聞く事となったのは本当に偶然でしか無かった。

「今度は、監督か。藤真も大変だな」
「―――ああ」
その日花形は委員会で、部活に遅れる事となった。渡り廊下を抜け、クラブハウスの前に差し掛かった時、だった。
聞き慣れた高野と一志の声が聞こえてきて、花形は声を掛けようとする。けれどもそれは、寸での所で止まった。
「でもまあ、もう大丈夫だと思うが…。中学の時には何ねーよな」
「未だ、言っているのか?高野」
「しょーがねーだろ。やっぱり、心配だからさ」
―――中学の、時。それはずっと、花形が気になっていた事だった。藤真が一年で初めてレギュラーに選ばれた時も、二人は同じ事を言っていた。あの時は、内容を知る事が出来なかったが。
「大丈夫だよ。確かに藤真を妬んでいる奴は多いが、それだけだよ。それに、あいつだって昔とは違う」
だからつい声を掛けるのを、止めてしまった。盗み聞きだと、分かっていても。
「―――でもあいつ、最近凄く綺麗だ」
「……高野?………」
「昔からそりゃー綺麗だったけどさ、ここの所見慣れている俺ですら、どきりとする事がある。何て言うのかなー、妙に色気が出てきたっつーか…。上手く言えないんだが、最近ひどく男の欲をそそるような仕種するんだよなー。本人自覚無いだろうが」
「お前までそんな事言うのか?」
一志の声が、明らかに非難を帯びている。それに気付いた高野が、済まなそうに謝った。
「…いや…悪い長谷川…でも、俺ですらそう思っちまうんだからさ。他のやつらはたまんねーんじゃねーの。何時、先輩みたいなやつらが出てきたっておかしくねーぞ」
「―――」
「……もう俺、藤真のあんな姿は見たくないんだよ……幾ら先輩たち差し置いてレギュラーに選ばれたからって…輪姦……されるなんて………」
高野の言葉に、花形は一瞬思考が停止する。―――今、何て言った?
「―――止めろよ、高野」
「……長谷川?………」
「もう藤真だって、忘れかけている。蒸し返すな」
「……ああ、そうだな。もう、終わった事だ………」
そう言って立ち去る二人の姿を、花形は無言で見送った。けれどもその瞳は、何も映してはいなかった。

―――きっと君は、とても傷ついている。

「遅いぞ、花形」
「―――済まない………」
遅れてきた花形に、藤真から抗議の声が上がる。けれども、その声には明らかに生気に欠けたものだった。
「花形?」
それをどう思ったのか、藤真はひどく心配そうに尋ねてくる。けれども花形は口の端で微かに微笑っただけで。
藤真から視線を外すと、コートへと向かった。

―――ただ、ショックだった。
藤真のそう言った噂はよく耳にしていた。けれどもそれはあくまでも『噂』の域だった。
けれども。けれどもあの二人から語られた事は明らかに『事実』だ。嘘でも虚言でも無い。突き刺さる程痛い、事実。
そして、感じる。―――自分は何て無力なのかと。
そんな事すら知らないで彼を護りたいなんて、ただの身のほど知らずだ。最高に、情け無い。
「……バカ…みてー………」
本当に、馬鹿みたいだ。結局自分は何一つ彼の事を分かっていない。あんなに傍にいたのに、何一つ分かってはいないのだから。
胸が痛む。自分の不甲斐なさと、情け無さに。自分と言う男の、無力さに。

誰もいなくなったクラブハウスに、花形は独りいた。
何となく、帰る気にはなれなかった。こんな気分のままで、家には帰りたくなかった。
「―――もう、二年か」
窓に映る夕日を眺めながら、花形はぽつりと呟いた。もう二年以上も経っている。自分が藤真と出逢ってから。けれども藤真との出会いは、そんな歳月さえ無意味にさせていた。
彼が見せる色々な表情や仕種は、花形を飽きさせる事も、見慣れさせる事も、無かったから。幾ら花形が藤真から奪おうとしても、彼は次々に新たな表情を差し出してくるから。
きっと自分は永遠に、彼の表情全てを奪う事なんて出来ないだろう。いくら、自分が奪われても。いくら、自分が全てを差し出しても。
差し込んで来るオレンジ色の光が、ひどく眩しい。瞼を閉じても、それは遮る事は出来なかった。瞳の奥にまで浸透する光。まるで、藤真のようだ。突然自分の前に現れて、そして当たり前のように自分の心に浸透して。そして、瞳から消えなくて。
「短いよな、二年なんて」
心の底からそう思う。本当に、二年なんて短い。でも分かっている。それは藤真に出逢ったからだ。藤真と出逢う前は、時がこんなに短いものだとは思いもしなかった。そして、こんなに時間が欲しいと思った事も。時間が、欲しい。
ぼんやりと夕日を見つめながら、花形が座っていた机から立ち上がった時だった。
―――ガラリと扉が開いたのは。そして、花形が驚愕の表情を浮かべたのは、ほぼ同時だった。

「何て顔、してるんだよ」
相変わらずくすくすと微笑いながら、藤真はそう言った。けれども何故か、花形には今の彼の表情が何時もとは違って見えた。何時もは…もっと…楽しそうに微笑っていた。
「いや、ちょっと驚いて」
「何で?」
「藤真が来るとは、思わなかったから」
花形の言葉を聞き終えた藤真が、クラブハウスの扉を閉める。そして花形の傍まで来ると、近くに有った椅子の上に座った。
「忘れものを取りに来たんだ。お前は?」
「―――俺?」
見上げてくる藤真の瞳が微妙に何時もと違うのは、花形の気のせいだろうか?
「俺は、何となく帰る気がしなくて」
「……それだけか?………」
「―――え?」
「本当に、それだけか?」
全てを見透かしてしまうような、藤真の瞳。まるで鏡のように反射して。もしも今、自分が真実を告げたなら、その瞳はどんな色彩を見せるのだろうか?
「それだけだよ」
でも言えない。言ってしまえば、今まで築き上げて来たものが壊れてしまうだろう。やっと少しだけ獲得出来た彼の『信頼』も。そして、今の位置も。
「……嘘だよ………」
「―――え?」
突然言われた藤真の台詞に、花形は戸惑う。何に対して彼が『嘘』だと言ったのか、検討も付かなくて。けれどもそれは次の瞬間に、解決する事となるが。
「だから、嘘だよ。俺が忘れものをしたなんて。本当は、花形を待ってたんだ」
「……藤真?………」
でも出された答えの方が、ずっと難解で。益々花形は、困惑の表情を浮かべる。けれども藤真は構わずに続けた。
「今日お前、俺の事避けていただろう。何時も俺の事見ていたくせに、今日は一度も視線が合わなかった」
怒ったような仕種で自分を見つめる藤真に、花形は茫然としたまま彼を見返す。
―――今、彼は何て言った?
「―――俺、お前に何かしたか?」
ひどく真剣な瞳で、藤真は尋ねてくる。本当に、真剣な瞳で。こんな藤真の瞳なんて、花形は見た事無かった。何時でも余裕しゃくしゃくで、自分を振り回しているくせに。
「何も、していないよ」
藤真が、分からない。全てを見透かしているような顔をしているくせに、何も分かっていないような瞳をする。現に今だって。自分の気持ちを知っていて、わざと言っているようにも思える。―――そう、わざと。藤真は自分の気持ちを知っていて、わざと知らない振りをしているんだ。
「嘘だ。だったらそんな顔するなよ」
その時、花形の中で何かが崩れた。それは今まで自分が大切に護ってきたもののようにも思えるし、また自分がずっと抱えていた重い枷のようにも思えた。
―――でももうそんな事、どうでもよかった。
「……花形?………」
無言になった花形をどう思ったのか、怪訝そうに藤真が尋ねてくる。けれども次の瞬間、藤真の双目は驚愕に見開かれる事となったが。
「―――好きだ、藤真」
突然花形は立ち上がると、藤真の手を掴んで強引に抱き締めた。そして、驚きに見開かれた藤真の瞳を瞼に焼き付けて、無理やり口づけを奪う。
「………はな、がた?…………」
唇が離れても藤真は茫然と花形を見つめていた。そして二三度瞬きを繰り返すと、ゆっくりと確認をするようにその名を呼んだ。
「ずっと、好きだった」
―――終わったと、花形は思った。もう全てが。今まで築き上げたもの全てが、崩れてゆく。崩れて、ゆくと。
「―――花形?」
もう一度、藤真はその名を呼んだ。けれども花形は答えなかった。答えずに、ただ我武者羅に藤真を抱き締めた。
―――こんな醜い想いを、彼にあげたくはなかった。
綺麗な想いだけを、あげたかった。優しい想いだけを、あげたかった。
「……ごめん、藤真………」
腕の力を緩めながら、花形はぽつりと一言呟いた。そして、藤真の身体を開放してやる。
けれども、藤真はその腕を離さなかった。離れようとする花形の腕を掴むと、藤真はパシッと一回花形の頬を叩いた。そして。
「何で、謝るんだよ」
「―――」
「謝るくらいなら、最初から言うな」
「―――藤真?……」
「そんな半端な想いなら、俺はいらない」
もう一度、藤真は花形の頬を叩く。けれどもそれは寸での所で、花形の腕に遮られてしまったが。けれども、未だ瞳は怒りを含んでいて。
「離せよっ。俺は本気で思われていない奴に、キスさせてやる程優しくねーぞっ」
「―――本気だよ」
花形の腕が延ばされて、もう一度藤真を抱き締める。けれどもそれは先程の強引なものとは違って、ひどく優しいものだった。ひどく優しい腕、だった。
「本気だから、キスしたんだ。ずっと、こうしたいって思っていた」
「……嘘だ………」
「嘘じゃない。ずっと、好きだった。ずっと藤真だけ、見ていた」
「……だったら………」
藤真の腕がゆっくりと延ばされる。そして、花形の背中を抱き締めて。
「………見ていろよ、ずっと………」
藤真はそれだけを言うと、ゆっくりと瞼を閉じた。まるで安心しきった子供のように、花形に身体を預けてくる。その重みを感じながら、花形はそっと藤真の背中を撫でてやる。
何度も、何度も。それは飽きる事無く、随分と長い間……。

「―――本当は、ずっと言わないつもりだった」
花形の指先が弄ぶように、藤真の髪に絡む。色素の薄いその髪は、陽の光に当たると金色になる程だった。
「……何で?………」
花形の指の感触を心地好く感じながら、藤真は甘えるように花形に擦り寄る。まるでそれは子猫のような仕種だった。
「今のままで、いられなくなると思ったから」
「……お前、らしい………」
花形の言葉にくすくすと楽しそうに藤真は微笑った。そう言えば、こんなに楽しそうに藤真が微笑ったのは、今日は今が初めてだった。
「でも、言って良かっただろう?」
「……お前は………」
「大丈夫だよ俺、心広いから。お前見捨てたりしないよ」
あんまりな言い方に、今度はこっちが参ってしまう。これでは、余りに情け無いではないか……。
「お前、もしかして俺に同情してるのか?」
「まさかー俺同情なんかで、男好きになんねーよ。お前だから、見捨てないんだ」
藤真の両腕が延びてきて、花形の首筋に絡まる。そしてそのまま自分に引き寄せて。
「言っておくけど、俺は筋がね入りの我が儘なんだぞっ。だからよっぽど好きな奴じゃなきゃ、こんな事しねーんだからな」
そう言って藤真は、花形に盗むようなキスをした。それはすぐに触れて離れたけれども。
―――けれども、それは確かに藤真からのキス、だった。
「……藤真………」
「ん?」
聞きたい事は、沢山有った。中学の時の事とか、一志の事とか、色々と。けれども、今は。
「……好きだよ………」
今は、これだけでいい。これだけで、充分だから。
「……うん………」
藤真がこくりと頷くのを確認して、花形は。そっと藤真に口付けた。


――――もしも、落ち葉に埋もれて死のうと思っても。
必ず貴方が引き上げてくれると、信じているから。
貴方がその手を差し出してくれると、信じているから。

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