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―――何時も巧みな罠を掛けて、僕を陥れる。

初めて彼を見た時の事を、自分は今でも鮮明に記憶している。それ程、衝撃的だった。
少女みたいな優しい顔で、けれども瞳だけは強気な光を讃えて。
―――そして何時も逸らされる事の無い、真っ直ぐな視線。

「藤真、朝だぞ」
「……ん……もう、ちょっと………」
そう言ってごろりと寝返りをうつと、藤真はもぞもぞと布団の中に潜ってしまう。そんな藤真の様子に一志は苦笑を一つ、洩らして。そして。
「しょうがないな」
何よりも優しい顔で、そう言った。

「あーあ、今日も仲良く御一緒に登校かぁ」
窓辺の机に腰掛けながら、中井は溜め息混じりに呟いた。と言うよりも、わざと花形に聞こえるように言ったとしか思えなかったが。
「……お前…何がいいたい?………」
「いや、別に。ただ藤真サンと長谷川って本当に仲がいーなーって思ってさー」
「…だから…何だよ………」
ここの所バスケ部のハードなトレーニングのせいでただでさえ機嫌が悪いと言うのに、追い打ちを掛けるような中井の口振りに益々不機嫌になる。いや、もう機嫌はずっと低空非行だったが。
「いや、お前に勝ち目は無いんじゃないかなーと思ってさー」
「何だよっその勝ち目って?!」
「決まってんじゃん。だってお前藤真サンに近づく為にバスケ部に入ったんじゃないの」
―――おい、ちょっと待て。いつからそんな事になったんだ?
「しつこいようだが、俺は女のほうが好きだぞ」
「まあまあそんな隠さなくても、もう学年中の噂だよ」
「何だって?!」
はっきり言って寝耳に水だ。一体いつどこでそんな噂が広まっていたんだ?
「諦めなさい花形君、相手が悪すぎるよ。藤真サンが絡んだらどんな噂だってここじゃあ、ビックニュースになるんだよ。あの人はアイドルだからね」
「……………」
―――世の中の理不尽を怨みたい、心底花形は思った。

「ふーじまっ」
「あ、高野」
教室の扉の前に見知った顔が現れて、藤真は笑顔で応える。そして小走りに駆け寄ると、大きな瞳で高野を見上げた。
「どうしたの?」
「……あ、いや今日部活臨時休日になったから知らせに来たんだけど…そういえばダンナは?」
何時も藤真の隣に居る筈の人物が見当たらなくて、不思議に思って高野は尋ねる。けれども藤真は別段気にした風も無く。
「一志?一志なら、永野の所へ行ったけど?」
何時もの罪な程可愛い笑顔で、答えるのだ。悔しいが、本当にこれは可愛い。見慣れていもやっぱり可愛いのだ。
「そうか、そんなら後で伝えといてや」
「うん、判った。それよりも、高野」
「何だ?」
上目遣いに自分を見つめながら微かに首を傾げるのは、藤真の癖だった。何か聞きたい事がある時、いつも彼はこうした動作を取る。
「いや、花形らしくなってきた?」
「バスケ部員にか?ああ、あいつすげー素質あるぞ。流石、藤真のお目がねに掛かっただけはあるぜ」
「本当?!」
高野の言葉に藤真の顔がぱぁーっと明るくなる。まるで自分の事のように喜んでいる。いや、実際そうなのだろう。これで自分の目が証明されたのだから。けれど。
「藤真、随分と花形の事気にしてるな」
「そりゃー俺が見つけて来たんだもん。当たり前じゃん」
そう言ってまたニッコリと微笑う。本当にこんな顔を見ていると彼には『悪意』とかそう言った類のものは、存在しないのでは無いかと思ってしまう。けれども逆にそう言うタイプの人間は必ず無意識に最も質の悪い悪意を放つのだ。多分、目の前の彼も。
「そうだな、あいつを見つけたのは藤真だもんな」
「うん」
何時しか見えない刺で誰かを傷つけるのだろう。けれども、きっと彼は許される。何をしても誰も、彼を嫌えないのだから。

「お姫様は随分と『花形』に夢中だね」
永野は何とも言えない笑みを浮かべながら、一志に言う。けれども一志は相変わらず無表情で。
「いいんじゃないか…別に……。あいつが他人に興味を持つなんて、滅多に無い事だし」
「本当にそう思ってるのか?」
「―――ああ」
「なら別にいいけどね。でもお前って本当に判らないな」
「何故?」
「だってお前何も言わないじゃないか。藤真が何をしても絶対に。それともお前本当にただのあいつの『保護者』のつもりなのか?」
何時も藤真を見守っている一志。けれども彼は何も言わない。藤真が何をしても、どんな事わしても。ただずっと傍にいて彼を見守り続けるだけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。まるで藤真の空気のような存在。
「何がいいたい?」
「いや、このまんまだと何時かお姫様を取られちゃうぞ、と思ってな」
「―――今更だよ………」
「……え?…………」
永野の問いに一志は答えなかった。ただ一瞬、遠い瞳を見せただけで。

―――君のことを、まもりたい。その全てを、まもりたい。

「一志っ」
教室に戻ってきた一志を、藤真は何時もの笑顔で迎える。その無邪気な笑顔はずっと昔から変わっていない。一志が初めて藤真に出逢った時から、ずっと。
「今日、部活休みだって。さっき高野が教えに来てくれた」
「そうか」
短く答えると一志は、自分の席に着いた。そんな一志の隣の席に藤真はひょいっと座って。
「ねぇ、一志」
上目遣いに一志を見上げてくる。その瞳はずっと、変わらない。自分を信頼して、信じている瞳。藤真は自分を信じている。誰も信じなくても、自分だけは。でも。
「今日『あのひと』が、来るんだ」
その信頼を得る為に、自分は一番大切なものを代償とした。けれどもそれくらいの事をしなければ、彼の信頼を得る事など出来はしないけれど。
「―――そんなに嫌か、逢うのが」
「……判る?………」
「顔に出てる」
「ちぇっ、お前には絶対俺、隠し事は出来ないな」
唇を尖らせて拗ねる藤真の顔は、まるで子供のそれだった。本当に子供みたいな表情を沢山、彼は持っている。
「まあ、一志ならいいや。俺達はずっと一緒だったんだからな」
でも何時しか彼の顔からそれが消えて『大人』になる時が来るだろう。そうしたら、ふたりは今のままではいられなくなるだろう。
「―――そうだな」
それでも今だけでも、いいからと。ずっと、願っている。
――――彼を護っていれるようにと。

「あれ、花形部活は?」
放課後になって直行で帰宅しようとしている花形を目敏く見つけた中井が、速攻で声を掛けてくる。
「今日は、休み」
「なーんだー。俺はてっきり……」
「何だ?」
またきっととんでも無い事を言うのだろうと思った花形の顔が、明らかなに不機嫌になる。こういった表情の無い奴のする不機嫌な顔って言うのは、本当に不機嫌に見えるのだ。
けれども、中井は全く気にしない。彼は、ある意味で物凄く幸せな人間だった。
「いやーついに花形が藤真サンを諦めたかと……いてっ!!」
中井の台詞は最後まで言葉にならなかった。中井の口頭部を花形が見事に殴ったので。
「何時からそんな話になったんだっ!」
「だって、バレー部期待の星が、突然バスケ部に入るなんてやっぱ普通何かあると思うでしょうが」
そう、確かに『何か』は、あった。それも思いっきし不本意ではあるが。けれども最近ではすっかりバスケの楽しさを覚えてしまったのだ。今ではバスケ部に入って良かったとさえ思えるようになってきたのだ。確かに入部までの経緯には問題があるにしても、だ。
「俺は、バスケが好きなんだ」
「へーそうなの?」
余りにも花形の言葉が意外だったらしい。本気で中井は驚いている。―――この男は、俺を何だと思ってんだ?……と、花形は内心で思った。けれども口には出さなかったが。
「だから、俺はバスケ部を止める気は無い」
「本当っ?!」
「―――えっ?」
突然会話に入ってきた第三者の声に、中井は驚く。更にその相手に気付いて、二度驚いた。
「…ふ、藤真サン………」
「始めまして」
茫然と自分を見つめる中井に藤真はにっこりと微笑って挨拶する。この笑顔が罪だと言う事に全く自覚が無い藤真は、惜しみもなくこの笑顔を見せる。御陰で中井は恍惚状態に突入してしまった。
「何でお前が、ここに居るんだよ」
そんな中井を見事に無視して、花形は目下最大の悩みの原因に話し掛ける。
「花形に逢いに来たんだよ。一緒に帰ろうと思って」
「何で俺がお前と一緒に帰んなきゃ、いけないんだよ」
あれ以来藤真とは出来るだけ係わらないように心掛けている花形であった。触らぬ神にたたりなしの心境である。がしかし、だからと言って彼を頭から追いやる事とは又、別問題だったが。
「だって今日一志と一緒に帰れないんだもん。一人で帰るの嫌だから」
―――幼稚園児じゃあるまいし…何が一人で帰るのが嫌だっ。
「だから、一緒に帰ろう」
そう言ってまた、にっこり。本当にこいつは知能犯だ。この笑顔の効果を充分に知っていて、そしてそれを実に効果的に使ってくるのだ。天性の男ったらし。本人に自覚があるのかどうかは、知らないが。
「……お前………」
「何?花形」
無邪気な子供みたいな顔。まるで母親に懐いてる子供みたいだ。だから、判らない。こいつの本心が。本音が。本当に何も判っていないのか、それとも本当は全てを承知でやっているのか。
「いつか痛い目見るぞ」
「大丈夫だよ、俺を傷つけられる奴なんていないから」
そう言って花形を見上げる藤真の瞳は、ひどく挑戦的で。そして強い色彩を持っている。でもひどく、その光に魅かれる。その強い光は、他人を魅き付けずにはいられない。
「だから、一緒に帰ろう。花形」
だから。そう言って微笑う藤真を拒めないのかも、しれない。

君の我が儘ならば、何だって聞いて上げる。
君の気まぐれならば、何だって付き合って上げる。だから。
だから、君を独占してもいいかい?

「良かった」
「……え?………」
藤真が何について『良かった』と言ったのが判らなくて、花形は尋ねる。そんな花形に藤真は本当に言葉通りの『華のような笑顔』を向けて。
「お前がバスケを好きになってくれて、本当に良かった」
そう言った。その時の顔は、嘘も偽りも無く本当に嬉しそうだった。
「……少し心配だったんだ…お前がバスケを好きになってくれるか……でも、好きになってくれて、凄く嬉しい」
きっと藤真は本当にバスケが好きなのだろう。それだけは真実だと花形にも判る。本音が見えない藤真の唯一、見える事が出来る本音。それが彼のバスケへの気持ちだろう。
「その事については、お前に感謝してる。俺はバスケをやれて幸運だと思っている」
「…花形……」
今この瞬間を花形は表現する言葉を、思いつかなかった。どんな言葉を言ってもそれは嘘になってしまう気がして。でも今見せた藤真の笑顔を、きっと自分は一生忘れる事が出来ないだろう。それ程、彼は綺麗にそして印象的に微笑った。
「でも、それとこれとは、別問題だからな」
「何の事?」
きょとんと自分を見上げてくる藤真に、花形は思いっきし頭が痛くなった。判っていないのか、こいつは自分がした事をっっ?!
「……もう…いい。お前と話してると何だか物凄く不毛な気がする……」
「何だよっそれ」
頬を膨らまして拗ねる仕種は、子供のそれだ。やっぱり、判らない。彼が子供なのか、大人なのか。でもそれが逆に、また藤真の捕らえがたい魅力でもあった。彼は本当に色々な表情を見せてくる。本当に沢山の。けれどもそれを奪う事は出来ないのだ。もし仮に奪っても、彼は次から次へと違う表情を見せてくるから。誰も彼から真実を奪う事なんて出来はしない。だから逆に彼を欲しくなる。きりが無い程、奪いたくなる。
「―――花形?」
自らの思考に沈んでいた花形を怪訝に思って、藤真は尋ねてくる。その時点になってやっと、花形は我に返った。
「どうしたの?ぼーっとして?」
「…いや…何でも無い……」
認めたくは無いが、魅かれているのは気になるのは事実である。本当に、不本意だが。ただそれがどの類に属するものか花形には未だ、判らなかったけれども。
「ふーん、変な奴」
そう言ってくすくすと微笑って、藤真は頭一つ分大きな花形を見上げる。初めて出逢った時から、藤真は上目遣いに花形を見つめていた。
「お前に言われたくないぞ」
「そうか、そう言えば花形にとって俺は『変な奴』なんだよね」
何だか藤真は妙に、この言葉にこだわっているらしい。そんなにインパクトがあったのだろうか?
「今でも、やっぱり変な奴?」
ひょいっと花形の顔を覗き込むようにしながら、藤真は尋ねた。大きな黒い瞳が、わくわくしながら花形の返事を待っている。
「―――凄く、変な奴っ」
そんな藤真のおでこをつんっと指で弾くと、花形は思いっきし言ってやった。そんな花形に藤真は頬を膨らまして拗ねる。そしてべぇっと舌を出して。
「お前の方がずっと、変な奴だぞ。何てったっていきなり舌入れて来るくらいだもんな」
「―――っ!!」
思わず花形は自らの手で自分の口を抑えた。忘れたい古傷を思いっきし抉られてしまった。―――こいつは……ちゃっかり覚えていやがるじゃないか……。
「……ふ…藤真……」
「だって、本当の事だろう?」
「………………」
そう言われては身も蓋も無い花形である。勝負は明らかに藤真の勝ちである。
「でも本当に、上手かったよなー。お前って相当女と遊んでいるだろう?」
「……人並みだよ………」
「嘘ばっか、花形って女受けする顔してるもの」
―――お前は、男受けする顔をしてるけれどな……と、花形は思ったが敢えて口には出さなかった。言ってしまったら何だか物凄く不毛な気がして。
「特に年上のイケイケお姉様には人気有りそう」
確かに、藤真の言葉は当たらずも遠からずだった。考えてみれば付き合っていた女は、殆どが年上だった。それもワンレン・ボディコン系が多かったような……。
「でもそれならお前だって、何で上手いって判るんだよ?」
「俺?俺はねぇ………」
言い掛けた藤真の口がまるでストップモーションのように、停止した。それを不信に思った花形が、藤真の視線の先を追う。その先に見えたのは、一台の車だった。その車がこちらに近づいて来て、そして二人の前で停止した。
「―――新しい男か?健司」
ドアが開いて、一人の男が出てくる。ダークグレーのスーツに身を包んだその男は、大人の雰囲気を匂わせていた。多分三十台半ばくらいだろう。男の目から見ても、彼は『イイ男』だった。
「今度は随分と、男前を連れているじゃないか。お前も趣味が良くなったな」
「貴方程じゃないよ」
そう言った藤真の顔は、まるで別人のようだった。こんな藤真の顔を花形は初めて見た気がする。ううん、こんな藤真は始めてだ。冷めた大人の顔。こんな顔も藤真は持っているのかと、花形が驚く程にその顔は冷たかった。冷めた顔で、微笑う。まるで氷の微笑だ。
「まあそんな事はいい、乗れ。私との約束の方が、先約だろう?」
そんな男に藤真は一瞥しただけで、くるりと向きを返ると花形に振り返る。そして、上目遣いに花形を見つめる。そして。
「……そう言う訳だから…俺、行くね………」
ひどく、哀しそうな瞳で藤真は自分を見つめた。まるで、捨てられた子猫のような瞳で。
「―――あ、ああ………」
一瞬、花形は胸をつかれた気がした。それ程、藤真の瞳は哀しそうで堪らなかった。けれども。
「じゃあね、花形」
次の瞬間には何事も無かったかのように、微笑って花形に手を振るとその男に従って車の中へと入って行ったのだった……。

「―――随分と、楽しそうだったな」
「そう、見えた?」
窓硝子から覗く動いてゆく風景をぼんやりと眺めながら、藤真は興味無さそうに答えた。
「見えた。お前があんな顔をするなんて、知らなかった」
「それは貴方が、俺を全然見ていないからでしょう?」
「相変わらず生意気な事を言うな。まあ、それくらいじゃなければ面白く無いがな」
「俺は、貴方の娯楽ですか?」
「…娯楽か…それはいい…確かに娯楽だな。お前は私にとって最大の娯楽だよ」
くすりと口元だけで微笑う大人独特の表情を見せながら、彼は煙草を口に銜えた。手は器用にハンドルを捌きながら。
「相変わらずですね、貴方は。昔から何一つ変わってはいない」
「変われないさ、これが性分だからな」
そう言ってまた口元で微笑うその顔が、藤真には嫌だった。

ひどく、胸が痛んだ。さっき別れ際に見せた藤真の瞳が、瞼の裏から離れなくて。
「…畜生…何で俺が………」
『こんなにあいつを気にしなきゃ、ならない?』その言葉は、口に上る事は無かったが。けれどもあの瞳が離れない。あれは決して演技では無かった。あれは藤真の『真実』だった。確信は無いけれども、花形は直感した。あの瞳は本物だったと。だから、脳裏から離
れないのかもしれない。でも。
「…やっぱ…普通じゃ、無かったよな………」
どう考えても『普通』には、見えなかった。こんな下世話的な表現は嫌だが、どう見たって藤真の『男』である。ぶちまけて言えば藤真の『彼氏』である。それなのに、あの瞳は……。
「―――はぁー、判んねー……」
さっきからずっと堂々巡りだ。どう考えてみても纏まらない。何一つ、判らない。そう、最初からだ。最初からずっと、彼の事は何一つ判っていない。でも、気になるから。頭から離れないから。だから、こうして考えてしまう。
「……もう…サイテー………」
係わりたくないと思っても、気にしたくないと思っても、こだわってしまう自分がひどく情け無い気がして、何だか凄く嫌だった。

―――でも頭からその存在が消えてくれる事は、決して無かった。

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