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――――苦しいのは、嫌いだ。辛いのも。そんなの嫌だ。

「フフ、どうしたの?貴方から誘うなんて珍しいわね」
香水の匂いも、紅いマニキュアも、細い指先も、嫌いじゃない。特に、大人の女のそれは。
「逢いたかったんですよ。貴女に」
花形はそう言って口元だけで微笑うと、手元のグラスを指先で弄ぶ。女は楽しそうにそれを見つめながら、紅い唇を開いて。
「嘘ばっかり、貴方が私の所に来る時は何時も何かあった時ばっかりだったわ。違う?」
栗色の長い髪を掻き上げながら、悪戯っぽい瞳で彼女は尋ねる。そんな彼女に花形は曖昧に微笑って。
「そんなつもりは有りませんよ。沙羅さん」
「大人を騙すのには、未だ早いわよ。坊や」
「俺を信じないんですか?」
「信じて上げても、いいけど。生憎貴方の目はそう言っていないわ」
くすくすと微笑って沙羅は細い指先を花形の頬に当てる。その形良いラインを辿りながら、面白そうに花形を見つめる。
「正直におっしゃい。何が有ったの?」
「―――貴方には叶わないな」
「当たり前でしょう?歳の功よ。伊達に貴方より五年も多く生きてはいないわ」
「相変わらずだね、貴女は」
「坊やも変わらないわ。相変わらず歳に似合わないテクニックで女を困らせてるの?」
「…随分な言い方だな……」
「本当の事でしょう?それに貴方年上の女とばっかり遊ぶから」
「俺は、年上の方が好みなんですよ。それも大人の女がね。特に貴女みたいな賢い女には弱いですよ」
「それは貴方が女に本気にならないからでしょう?お互いに遊びだと割り切った都合のいい女ばかり選ぶからよ」
「きついなぁ」
「たまにはマジな恋愛でもしてみなさいよ。未だ貴方は子供なんだから。子供は子供なりの恋愛をするもんでしょう?」
「―――していますよ」
「……え?………」
花形の意外な言葉に沙羅は興味を引いたらしい。大人の顔の下から、微かな好奇心の色彩が覗いている。
「それも、物凄く不毛な恋をね」
そう言った花形の口元には皮肉な笑みが浮かんでいた。

綺麗だと、思った。本当に、純粋に。
こんなに綺麗な奴は生まれて初めて見た、と。
本当に、切実に、思った。
―――とても綺麗、だと。

「あ、藤真。もういいのか?」
「うん、平気だよ」
何時ものように一志と一緒に登校して来た藤真を見つけた高野が、早速声を掛けて来る。
そんな高野に藤真は何時ものようににっこりと微笑って答えた。
「そうか、良かった。大した事無くて。心配したぞ」
「ありがとう、高野」
傍から見れば随分と大袈裟な台詞かもしれない。けれども事藤真に関すれば話が別である。彼はこうやって大切にされ、甘やかされるのが、当たり前なのだから。
「でも一日でもバスケしないと、腕がうずうずする」
「本当にお前はバスケが好きだなー」
高野は半ば呆れ半ば関心したように藤真の台詞を聞いた。本当に、藤真はバスケが好きなのだ。何よりも、誰よりも。
「今更だ、高野。こいつのバスケ好きは」
「へいへい、そうですね。長谷川の言う通りだ」
「何だよ、それ」
二人の言葉にあからさまに藤真は不貞腐れる。その姿が堪らなく可愛くて、二人はついつい笑いを抑えきれない。それが益々藤真を拗ねらせると、判っていても。
―――そんな時、だった。突然校門の方がざわめいたのは。
その声につられるように、三人は校門の方へと視線を巡らした。その瞬間。
藤真の動きが、一瞬止まったのは。そして、それを。
――――決して一志が見逃さなかったのは。

「流石にこれは恥ずかしいですよ、沙羅さん」
真っ赤なフェラーリの助手席から出てきたのは、紛れもなく花形だった。少しだけ困った顔で、運転席から出てきた沙羅にそう言った。
「なにを言ってるの。今更でしょう?朝帰りの常習犯が」
くすくすと微笑う沙羅は、明らかに『大人の女』だった。すらりとした身長と、モデル並みのスタイル。栗色の長い髪に、華のような表情。そして、かなりの美人。
「嫌な女ですね、本当に」
「フフ、その位じゃなきゃ、貴方みたいな男を手玉に取れないでしょう?」
「―――確かに、ね」
沙羅の手が、不意に花形の肩へと伸びる。それに答えるように花形は身をかがめた。そんな花形の耳元に沙羅は唇を寄せて。
「…あの子、綺麗ね。女の私から見ても、どきりとするくらい………」
そう言うと悪戯っぽく微笑って。公衆の面前にも係わらず、花形の頬に口づけて。そして。
「じゃあね、透」
と、鮮やかな笑みを浮かべると、車内へと消えていった。
―――その一部始終を、藤真は無言で見ていた。

「しっかし、やる事が派手だなー…あいつは……」
高野が半ば呆れたように呟いた。大胆にも校門まで女に車で送らせるなんて、そうそうするもんじゃ無い。おまけに公衆の面前で頬にとはいえ、キスまでするなんて……。
「ふーん。でも彼女居るなんて思わなかったな。安心しただろう?長谷川」
「―――何がいいたい?お前は」
「いや、思ったまんまで…と、藤真?」
二人の会話を余所に一人で先に行こうとする藤真を、高野は呼び止める。けれども藤真は高野の言葉を聞かずに、とっとと一人で行ってしまう。
「悪い、高野」
そんな藤真を追い掛ける為に一志は高野に一瞥をすると、そのまま彼を追い掛けた。そんな一志の背中を高野は、やれやれと言う風に見つめて。
「『保護者』も大変だねー、長谷川」
と、独り言を呟いた。無論、それは他人に聞こえる事は無かったが。けれども高野は苦笑を隠しきれなかった。

「―――藤真っ」
教室へ行かずにそのまま裏庭へと直行してしまった藤真を、一志は根気よく追い掛ける。
何度目かの声でやっと藤真は観念したのか、近くにあった木に凭れ掛かると藤真は一志に振り返った。
「…俺、変な顔してる?………」
上目遣いに一志を見上げながら、藤真はそう尋ねた。そんな藤真に、一志はひどく優しく微笑って。
「いいや、何時も通り美人だ」
「それ、男に使う言葉じゃねーぞ」
「でも藤真には一番合っている」
一志の言葉に藤真はやっと、微笑った。その顔が一番、藤真に似合っている。微笑っている顔が、何よりも綺麗だと思う。
「…藤真……」
「―――ん?」
「あいつが、好きか?」
一志の言葉に。藤真は強い瞳で、一志を見つめ返して。そして。
「……俺が、見つけたんだ………」
まるで挑発するような表情で一志に告げた。その顔は、藤真と初めて出逢った時の、あの顔だった。何時でもどんな時でも、自分が支配者だと告げるあの、瞳。
「だから、あいつは俺のものだ」
傲慢とも言えるその言葉に、けれども一志はぞくりとした。彼には敗北は似合わない。そんなもの、必要無い。彼は何時でも勝利と栄光だけを手に入れればいい。そして、何より
もそれが似合うから。けれども。
「…藤真……」
又、知っている。その強さと同時に又彼がどんなに脆いかも。ぎりぎりの危うい強さを彼が持っている事を。そしてそれを知っているのは多分、自分だけだ。
「何?一志」
幼い頃与えられるべきものが、与えられなかった藤真。特殊とも言える環境の中で、心だけが子供のまま置き去りにされてしまった。強かさも、駆け引きも、それさえもたやすく覚えたのに。なのに、精神だけが子供のままで。
「…いや、どれだけの人間がお前の『本当』を知っているのかと、思ってな……」
「そんなもの、一志だけが知っていればいいんだ」
藤真の手がぐいつと一志の襟元を掴むと、自分へと引き寄せて。そして。
「―――お前だけは、俺を裏切るなよ」
傲慢な瞳で、そう告げた。自分が決して、そんな事を出来ないと知っていながら。

「あーあ、お前って実は大物だったのね」
教室に到着するなり、中井はわざと大袈裟そうに溜め息を付きながら花形に言った。けれども花形は生憎、全く動じなかった。いい加減彼のリアクションに慣れた、今日この頃だった。
「しっかしー年上の彼女とは想像出来なかったなー。でも良かったじゃん。これで身の潔白は証明されたんだし」
「何だよ、その身の潔白っつーのは」
「そりゃー決まってんでしょ。お前が藤真サン目当てにバスケ部に入部した事だよ」
「―――ああ、なる程ね」
さも花形は興味なさそうに言った。もう、どうでも良かった。全ての事を全部、忘れたかった。―――けれども。あの瞳が、離れない。幾ら消そうとしても、消えない。瞼を閉じればいやがおうでも、浮かんできてしまう。そして、さっきも。さっきも、藤真は見せた。あの捨てられた子供のような瞳を。
「でも俺藤真サンって、お前の事好きかと思っていた」
「―――え?……」
「何となく、ね。勘だけど。お前と居る時、すげー藤真サン楽しそうだったから」
「『好き』たって種類がいっぱいあるだろうが」
例えば、友情。例えば、憧れ。例えば、恋。数え上げたらきりが無い。多分自分は藤真に好かれている方だろうが、それがどういった類のものかなんて判らない。自分だって判らなかったのだ、この想いが。いや、今だって正確に把握出来た訳じゃない。
「まあ、確かにそうだけど…。でもやっぱ藤真サン、お前の事好きだよ」
妙に自信有りげに言う中井に、花形は微かに微笑った。でも口の中の苦さは、相変わらず消えなくて。

――――コートの上にいるのが、大好きだった。
ゴールポストにボールが入った瞬間、本当に死んでもいいと思った事もあった。
どんなに苦しくても、哀しくても。バスケをしている時は、全てを忘れられたから。
何も考えられなくなる程、何も考えなくなる程、ボールに執着して。そして、行き着く先に見えたものを、手に入れる事が出来るなら。
―――何も彼も、いらない筈だった。

誰も居ない体育館は、恐い程に静かだった。
「―――」
部活を終えて皆が帰宅する中で、花形だけがそのコートの上に居た。ただ何をする訳では無く、ただゴールポスト一点だけを見つめて。足元に一つ、ボールが落ちていた。多分仕舞い忘れたものだろう。花形はそれを拾うと、一つ深呼吸してドリブルを始める。無音の体育館にボールの弾かれる音だけが響く。バンッと音がしてボールがゴールポストに吸い込まれる。その瞬間は、最高に気持ちがいい―――。
「ナイス・シュート」
パチパチと手を叩く音と同時に、今となっては聞き慣れた人の声が飛び込んできた。
「―――藤真……」
「お前、本当にバスケ上手くなったな」
初めて見せた時と同じ笑顔で、藤真はそう言った。そして花形の前に立つと、彼を見上げて。
「すぐに俺なんて、追い越されるんだろうな」
「何言ってるんだ?将来のエースが」
藤真のバスケットプレーヤーとしての実力は、折り紙付きだった。全中の時から、その実力を買われ。そして、今も。何一つ期待を裏切る事の無い、生まれながらのエース。
「でも俺にはお前みたく背も高く無いし、力強さが無い」
「お前のプレーは正確だし、動きも俊敏だ。それに………」
言い掛けて、花形は止めた。多分、それは言葉に出来ないものだから。言葉にする事の出来ない想いだったから。
「……花形………」
藤真の手が花形の首筋に絡まる。花形はそれを拒まなかった。ただ無言で、彼を見下ろすだけで。
「お前、モテるんだね」
「…お前こそ……。昨日の男といい…長谷川といい…凄いんだな」
言い終えてから、花形ははっとした。けれどもこぼれ落ちた水のように、一度口を出た言葉は、消えなくて。気がついた時はもう、遅かった。傷ついた瞳。今にも壊れそうな。いや、もう壊れているのかもしれない。何時も自信有りげに微笑って、傲慢にすら思える藤真は、もうそこにはいなかった。そこには、今にも泣きそうな小さな子供が居た。
「―――お前も、俺をそんな瞳で見てたんだな」
「……藤真………」
藤真の手がまるでスローモーションを見るかのように落ちてゆく。そして一度だけ藤真は俯くと、すっと顔を上げて。
「そうだよ、お前の言う通りだよ。俺は平気で男をたらし込むんだ」
まるで挑発するように、鮮やかに微笑った。けれども花形は見逃さなかった。その傲慢で強かに見える瞳の奥の、小さな哀しみを。だから。
「優しくされたら、すぐホイホイと男と寝るんだ。そう言う奴だよ、俺は―――」
止められなかったのかも、しれない。身体と精神が、理性よりも早く。
――――気付いた時には、彼を強く抱き締めていた。

バスケが出来るなら、何もいらないと思っていたのに……。

―――どうして、こんな事になったのかなんて。
もう、どうでもよかった。もう、何も考えられなかった。
ただこの腕に抱いているのが、藤真だと言う以外は。
―――もう他に何も考えられなかった。

いつの間にか、外は雨が降っていた。けれども互いを貪る二人にはそんな事は気にもならなかった。
「・・んっ・・・」
帰り掛けに見つけたホテルに飛び込み、言葉も交わさないままこうして口づけ合う。
「・・んん・・」
深く舌を貪られて、藤真は耐えきれずに花形の上着を掴んだ。そんな藤真を支えるように花形は藤真の腰に手を廻す。
「・・ふぅ・・ん・・・」
もつれ合う舌がひどく、熱い。まるで火傷しそうな程に。
「・・あっ・・・」
やっとの事で唇が開放された頃には、藤真はもう一人では立っていられなくなっていた。そんな藤真を花形は軽々と抱き上げると、その肢体を静かにベッドに押し倒した。
「…お前…男なんて抱くの、初めてだろう?……」
悪戯っぽい瞳を向けながら藤真はそう言った。それは明らかに花形を挑発していた。
「当たり前だ、俺はホモじゃねーんだから」
「なら何で、俺を抱くの?」
「―――言ったらきっと、お前が困る」
「何で?聞きたい」
藤真の手が花形の背中に廻り、その広さを感触を楽しむ。そして。
「……お前を、抱きたいと思ったから………」
その腕が止まる。―――花形の口づけによって……。

「・・あっ・・・」
はだけられたワイシャツから覗く鎖骨のラインを、花形は舌先で辿る。滑らかな鎖骨はくっきりと浮かび上がり、きつく口付けると耐えきれないのか、藤真の身体はぴくりと震えた。
「・・はぁ・・・」
鎖骨から胸へと舌を滑らせながら、その間にも器用に花形は藤真の衣服を脱がしてゆく。現れた藤真の素肌は、想像よりも遙かに白かった。
「・・あっ・・ん・・」
花形の指先が藤真の胸の突起を捕らえる。それを人指し指と中指で摘みながら、空いている方の突起を口に含む。それは刺激によってたちまちにぴんっと張り詰めた。
「・・あぁ・・は・・んっ・・」
両の胸を支配され、藤真の快楽はいやがおうでも煽られてゆく。口からはひっきりなしに甘い吐息が零れてゆく。
「・・はな・・がた・・あぁっ」
まるで偶然に触れたとでも言うように、花形の指先が藤真自身を捕らえる。それは先程の愛撫のせいで、微妙に形を変化させていた。
「・・ぁ・・あぁ・・・」
藤真は快楽に忠実だった。自分が欲しいだけ、貪欲に愛撫を求めてくる。だから花形もそれに全て答えてやった。藤真が、望むだけ。
「・・あぁ・・ん・・」
震える瞼に口付けながら、花形は藤真を追い詰めてゆく。何処をどうすれば感じるかなんて、同じ性を持つ自分にはたやすく知る事が出来た。そして。
「―――ああっ」
花形は藤真を開放する為に、より強い刺激を彼に与えた。

「―――続き、しないの?」
藤真だけを開放してから、それ以上の事をしてこない花形を不信に思って藤真が尋ねてくる。そんな藤真に、花形は。
「…お前が、辛いだろう?……」
「何だ、そんな事気にしてたの?俺平気だよ、そんなん慣れてるし…それに……」
藤真の手が花形のそれに絡みつく。それは先程の藤真の乱れた姿を見て、形を変化させていた。
「…お前だって、辛いだろう?………」
くすりと藤真は微笑うと、自らの口を花形自身へあてがう。そして、彼を口に含んだ。
「……藤真?………」
流石にこの行為には花形は驚いて、藤真を止めようとする。けれども藤真はひどく妖艶な笑みを浮かべて。
「…大丈夫だよ、俺上手いから……」
それだけを言うと藤真は、再び花形を口に含んだ。ゆっくりと舌が絡みつく。
「・・んっ・・・」
藤真の言葉通り、彼は上手かった。その刺激に花形の方が参ってしまう程に。
「・・んっ・・んん・・・」
口に含みきれなくなるまでぎりぎりまで愛撫をすると、藤真はやっと口を離す。そうしてゆっくり起き上がると、花形の上に跨がった。
「―――藤真?」
藤真は自らの指を口に含んで濡らすと、自らの蕾にそれを侵入させた。
「・・くぅ・・ん・・」
指先を押し広げるようにして、そこを馴染ませる。自らの唾液で潤しながら。そして。
「・・はな・・がた・・・」
「無理だっ藤真」
花形が藤真の意図する事を理解して、制止の声を上げる。けれども藤真は花形の言葉を無視するように、花形自身をあてがうと一気に腰を降ろした。
「ああ―――っ」
貫かれた痛みに藤真の眉が苦痛に歪む。けれども藤真は最初の衝撃を堪えると、更に奥へと腰を進めた。
「・・あぁ・・・」
全てを収めると藤真はふぅっと大きな息を吐いた。そして潤んだ瞳で花形を見下ろす。
「……藤真………」
「・・腰・・持って・・・」
花形は藤真の言う通り彼の細い腰を掴むと、ゆっくりと動かし始めた。その刺激に藤真の口からは甘い喘ぎが零れ落ちる。
「・・あ・・あぁ・・・」
汗に濡れた髪と、ほんのりと紅く染まった肢体。そして何よりも淫らなその表情。どれもこれもが、男を狂わせる。『雄』を狂わせる。このまま彼を貫いたまま、死んでもいいと思わせてしまう程。藤真は、綺麗で。そして、淫らだ。
「・・ああ・・あぁ・・・」
綺麗にそり返る背中も、白い喉元も、夜に濡れた瞳も。全部、他の男達に見せてきたのだろう。藤真が抱かれた男の数だけ。そして、抱かれる度に彼は綺麗になってゆくのだろう。
「・・あぁ・・もう・・・」
男の精液を吸って、彼の身体は輝いてゆく。男の魂を奪って、彼の表情は綺麗になってゆく。天性の悪女。けれども。
「・・もぉ・・だめ・・・」
けれども何時でも、騙されるのは男だから。堕ちてゆくのは男の方だから。
「―――あああっ」
だから、憎めない。それが自業自得だと知っているから。

水の弾ける音が、耳の奥から聞こえてくる。雨は未だ、止んではいないようだった。
「帰れなく、なっちゃったね」
力強い花形の腕に抱かれながら、藤真はくすくすと楽しそうに呟いた。その顔は先程の淫らな表情を全く想像出来ない程に。
「この雨じゃあ、な」
窓の外はどりゃぶりで傘の無い二人には、帰ろうにも帰れなかった。濡れて帰るつもりならば、話は別だけれども。
「……心配、するかな?………」
「―――心配?」
「ううん、何でも無いよ。それよりもお前は平気なの?」
「別に今更だしな。この歳になって朝帰り何だで言うような親じゃねーし」
「常習犯、なんだ。朝帰りの」
悪戯っぽい瞳が花形を見上げてくる。利発的で賢い瞳。きっとこうした駆け引きなんて、飽きる程やっているのだろう。
「お前も、相当だろう?」
遊びの駆け引きならば、自分も相当の場数は踏んでいるつもりだ。けれども、彼の駆け引きにはどうしても、自分が乗せられてしまう。
「そうだよ、俺たらしだもん」
全く藤真は動じない。嘘のようだ。この間見せた瞳も、さっきの哀しそうな瞳も。全部。
「だからお前も騙されない方がいいよ、俺悪い奴だから」
でも、でも花形には判ってしまったから。何が彼の『嘘』で何が彼の『本当』かを。
「気を付けるよ」
判ってしまったから。藤真は本当は、傷ついたただの子供だと。可愛そうな『子供』だと。―――雨はまだ、止まない。

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