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君は聖女のように清らかで、悪女のように淫らだ。

「…やっぱり、拙かったかな……」
藤真はぺたりと板張りの床に直に座り込むと、膝を抱えながら誰に言うでも無く独り言を呟いた。
「何が、拙いんだ?藤真」
けれども生憎この部屋には一人では無かったので、一志に聞かれる事となったが。
「何でも、ないよ」
「何でも無い顔か?それが」
膝の上に顔をぺたりと乗せながら見上げてくる藤真の頬を軽く叩きながら、一志は言う。その顔は相変わらず、優しくて。
「…一志は、ずっと俺の傍に居てくれるよな……」
「ああ、お前の望む限り」
藤真の髪をそっと撫でてやりながら、一志は言った。その言葉は嘘では無い。初めて出逢った時から、ずっと変わらない想いだから。
「―――どうして俺は、『見返り』を求めてしまうんだろう」
「……藤真?………」
「俺は何時でもそうだ。他人に抱かれる時、見返りを求めてしまう。それが時にはお金だったり、優しさだったり、温もりだったり…何でもいい、何時も俺は求めてしまう」
何時も、そうだった。ただ純粋に快楽の為に抱かれる事が出来なかった。何時も物足りない何かを満たす為に、誰かに抱かれていた。
「…あいつにだけは…そんな事したく無かったのに………」
「――――藤真、お前………」
今までの男達と一緒になんてしたくなかった。絶対にしたくなかった。なのに。
「……俺は求めているんだ…あいつに傍にいて欲しいって……」
何時の間にこんなにも自分は弱くなってしまったのだろう?とっくに捨てた筈の想い達だったのに。なのに花形に出逢ってから、そんな想いが少しずつ零れてきて。そして。いつのまにか、両手では抱えきれない程、溢れてしまっている。
「別に、変な事じゃ無い」
当たり前の感情を教えられなかった藤真。当たり前の想いを与えられなかった藤真。だから彼はこんな当たり前の想いさえ、知らない。
「好きになれば、傍にいたいと思うのは当たり前だろう?」
「好き、じゃない」
一志の言葉に藤真はぷいっと横を向いて拗ねてしまう。そんな藤真に一志は苦笑を隠しきれなくて。つい、優しい瞳を向けてしまう。
「俺が好きなのは、一志だけだ」
藤真の両手が伸びてきて、そのまま一志を引き寄せる。一志はそんな藤真をそっと抱き止めて。
「一志だけだ、俺の味方は」
そっと背中を撫でてやる。何度も、何度も。藤真が求めるだけ、一志は与えてやる。
「でも、欲しいんだろう?あいつが」
一志の言葉に藤真はこくりと、小さく頷いた。欲しかった、全部。全部、独占したかった。他の誰にも、花形を触れさせたくなかった。
――――これを人は『独占欲』と、呼ぶのだろうか?
「それが好きだと言う事だろう?」
「好きじゃないっ」
依怙地な程否定する藤真に、一志は苦笑を隠しきれない。そんな藤真の背中を一志はぽんっと叩いてやって。
「判ってるよ、藤真。お前の気持ちは」
「全然、判って無いっ」
未だ拗ねている彼を宥めるように、一志は微笑ってやる。
――――彼は自分の前でしか『子供』に戻る事が出来ないから。

まるで、幻のような一夜だった。まるであの時が夢だったとでも言うような。そんな一夜だった。
「―――はぁ……」
「これで、五回目よ。透」
「人の溜め息なんて一々数えないで下さいよ、沙羅さん」
「ごめんねぇ、つい面白くて」
女の人独特の甘ったるい声で、沙羅は微笑う。屈託の無い微笑い。女と言うのは、皆こんな微笑いをするのだろうか?
「で、あの子と寝ちゃったの?」
「……寝ちゃったって…そんな露骨に……」
「でも、当たりでしょう?」
「―――全く、叶わねーな…貴女には……」
「顔に書いてあるもん。でも、あの子相当遊んでいそう」
「そう、思います?」
「思うわよ。何て言うのか…男を食い物にするって言うの?…あーいうタイプは、平気で男誑かして、自分は絶対に傷つかないタイプよ」
沙羅の言葉に花形は口元だけで、微笑った。確かにそうだろう。傷つけるのは、藤真の方だ。平気な顔して男達を傷つけて、そして自分は高い場所で見下ろしている。そうやって男達を手玉に取って来たのだろう。今までは。
「透も気を付けた方がいいわよ。と、言っても遅いかもしれないけれど」
「そう、ですね」
「でも本当に、理不尽だわ。透みたいなイイ男が他の女じゃなくて、よりにもよって男に持っていかれるなんて」
「理不尽ですか?」
そう言えば入学したての頃は、何度も思った事だった。女よりも綺麗な男なんて、何て理不尽だろう、と。でも。
「理不尽よ。でも、しょうが無いわね。あんなに綺麗なんだもの」
「俺もそう思いますよ」
もうそんな事すら意味の無い事に思えるから。この想いに、理由なんていらないから。

―――もう全ての事に決着を付けなければいけない。
何時までもこのままで、居られる筈が無いのならば。

―――時が止まればいい、なんて。ずっと、思っていた。

「―――話が、ある」
何時かこんな日が来るだろうとは、知っていた。けれども心の何処かで、又思っていた。ずっとこのままで、いられたらと。それは、ただの戯言でしか無いけれども。
「偶然だな、俺もお前に話したい事があったんだ」
花形を真っ直ぐに見つめながら、一志は答えた。もうそれ以上の言葉は必要無かった。互いに判っていた事だから。二人は無言のまま人気の無い場所へと、移動した。

「あれ、藤真。長谷川は?」
藤真の傍に居る筈の存在が居ないのに気付いた永野が、藤真に尋ねてくる。そんな永野に藤真も少しだけ、困ったような顔をして。
「んー、俺も探しているんだけど見当たらないんだ」
「じゃあ高野の所とか?」
「ううん、さっき行ってみたけど居なかった」
「そうかー、でも珍しいな」
「何が?」
「いや、あいつがお前の事放っておくなんて、さ」
言われてみて、藤真は改めて思う。確かに、一志は何時もずっと自分の傍にいてくれた。何時でも、どんな時でも、自分をひとりぼっちにしなかった。でも。
「俺、ガキじゃねーぞ」
――――でも、もう。もしかしたら。
「もう、ちゃんと大人になるんだから」
もしかしたら、もうすぐ終わりが来るのかもしれない。

「―――俺は、藤真が好きだ」
花形は真っ直ぐな視線で、逸らす事無く一志にそう告げた。そんな花形の視線を一志は真正面で受け止めた。
「誰にも渡したくない。無論、お前にも」
それは一人の『男』の顔だった。本気で人を愛した、一人の男の顔だった。
「……あいつを、抱いたか?………」
予想外の一志の質問に、花形は一瞬戸惑う。けれどもすぐに元の表情に戻ると、こくりと一つ頷いた。
「―――そうか………」
『見返りを、求めてしまう』藤真は、そう言っていた。今までの男達のように、花形にも。でも、その求めているものが今までとは明らかに違うと、どうして彼は気付けないのだろうか?気付いたら、答えは簡単に出せるのに。
「藤真は、子供だ。お前が思っている以上にな」
「―――長谷川?」
「あいつは未だ生まれたままの魂そのままで生きているんだ。だから、判らない。他人の痛みも、他人を傷つける事も。罪悪感と言う感情が欠落している」
だから判らない。何も、知らない。自分の想いなど、何一つ。けれども。
「でも、俺はそれをあいつに教えてやれなかった」
それが藤真が自分に望んだ立場だったから。藤真が自分に望んだのは、幼い頃得られなかった『肉親の愛情』だったから。
「お前はそれを、あいつに教えてやれるか?」
見返りも駆け引きも、傷つく事も傷つけ合う事も無い、純粋な愛情だけだったから。それは何よりも近くて、そして何よりも遠い関係。
「―――藤真を、『大人』にしてくれるか?」
自分は決して藤真を傷つける事は出来ない。優しい想いしか、上げられない。だから、藤真の殻を破る事は出来ないから。
「―――ああ………」
花形が力強く頷くのを確認した一志は、もう終わらせなければならない事を知る。そう、終わらせなくてはいけない。何時までもこのままなんて、そんなのはただの幻想でしか無いのだから。
「ならば、もう俺は何も言う事は無い」
「―――長谷川?」
「…あいつを、頼むよ……」
子供のまま成長してしまった彼を。幼い心のまま置き去りにされてしまった彼を。自分では救う事はどうしても、出来ないのだから。
「……頼む…………」
それだけを言い残すと、一志は無言のままの花形の前から去って行った。

―――君がいつも微笑っていられれば、それだけで良かった。

「……嘘つき………」
戻ろうとした一志の前に、待ち構えていたように藤真が現れる。その顔は怒っているようで、そして泣いているようにも見えた。
「―――藤真…………」
思いもよらなかった相手に、一志は一瞬狼狽する。それを藤真は見逃さなかった。藤真は咄嗟に駆け寄ると、一志にしがみ付いた。
「嘘つきっ、ずっと傍に居るって言ったじゃないかっ!」
まるで大事な物を護ろうとするかのように、必死で藤真は一志にしがみつく。それは宝物を必死で護る子供の動作だ。
「…聞いて、いたのか?………」
随分と神様は残酷だと思う。自分にそれを言わせようと言うのだから。藤真への別離を。彼の口からでは無く、自分の口から。
「何でだよ?どうして、あんな事言うんだよっ」
足元から、崩れていくようだった。信じていたのに。一志だけは、信じていたのに。彼だけは身体を差し出さなくても、そんな関係を持たなくても、優しくしてくれると。傍に居てくれると、信じていたのに。それなのに。
「何でだよっ?!」
幼い頃から一志だけが自分の傍にいてくれた。一志だけが自分を判ってくれた。一志だけが。
「―――藤真、好きだ」
「……一志?………」
一志の言葉に藤真の瞳が大きく見開く。―――今、彼は何て言った?
「幼い頃から、ずっとお前だけを想っていた」
「……嘘………」
禁断の、言葉。この言葉を言ってしまえば、全てが終わる。全てが。藤真の信頼を得る為に代償にした想い。何の駆け引きも見返りも無い、純粋な想いだけを自分に求めた藤真。それを全て、裏切った想い。それを告げなければ、全てを終わる事なん出来ないから。
「嘘じゃない。お前が他の男に抱かれる度に、俺はそいつらに嫉妬していた。本当はずっと、こうして抱き締めたかった」
一志の力強い腕が、藤真の身体を抱き締める。見掛けよりもずっと細いその肢体を。
「…好きだ、藤真………」
藤真の肢体が一志の目にも明らかな程、震えている。それでも一志は、止めなかった。
「ずっと、好きだった」
そう言って口づけられても、藤真は動かなかった。いや、動けなかった。茫然としたまま一志の口づけを受け入れた。
「――――これでも、信じないか?」
唇が離れて真先に零れた一志の言葉に、藤真の身体がぴくりと震える。そして一二度瞬きを繰り返した後、もう一度一志の顔を見つめた。
「だからもう、お前の傍にはいられない」
「……俺…一志の事…好きだよ………」
明らかに震える声で藤真はそう言った。その言葉に一志は胸が掴まれるような思いがした。どうして。どうして、彼はこんなにも自分を傷つける?
――――彼の無邪気な優しさは、何よりも残酷だ。
「藤真『同情』と『愛情』は違うんだ」
「……一志?………」
「お前のその優しさは同情でしかない。俺を『好き』でいてくれるだろうが、お前は俺を『愛して』はくれない。それなのに、そんな事を言うのは残酷だ」
「……でも…俺は…お前を失いたくないよ………」
それが藤真の本音だった。一志しか支えを知らない藤真にとって彼は絶対の存在だから。
「…お前だけは…失いたくない……」
「ならば、お前は花形よりも俺を選んでくれるか?」
「――― 一志………」
「あいつよりも、俺を選ぶか?」
それは残酷な選択だった。藤真に選べる筈が無い。肉親よりも大事な一志と、初めて本気で好きになった花形と。何方も選べる筈なんてない。
「選べないだろう?藤真。もしも俺を『好き』と言うならば、たやすく選べる筈だ」
「……一志…ごめん………」
藤真にはもうそれしか言う事は出来なかった。判っていた、始めから。何時かこんな日が来る事を。何時までもこのままでいられる筈は無いのだから。何時しか自分たちは大人になって、それぞれの道を歩んでゆくのだから。でも。でも、と思っていた。少しでもこの時間が延ばせるようにと。この子供の時間にもう少しいられますようにと。
「……ごめん…ね……一志………」
今にも泣きそうな藤真の瞳に優しく一志は微笑い掛ける。藤真のこんな瞳を見たのは、久し振りだった。もう忘れていた頃の優しい記憶の中で、何度か見せた瞳。それはバスケに出合う前の、淋しかった頃の。
「…藤真、好きだよ。お前は俺の中で一番の『友達』だ……」
「――― 一志?………」
「そうだろう?藤真。俺たちはずっと、友達だ」
優しい人。何よりも誰よりも優しい人。どうして彼ではいけないのだろう。どうして、彼では。もしも自分が一志を好きになったら、こんな胸の痛みも苦しみも味合わなくてもいいのに。それなのに。
「……ありがとう…一志………」
今までの想いの代わりに、一志は『友情』を自分にくれた。見返りも駆け引きもいらない優しい想いを。愛よりも恋よりも深い絆を。一志は、自分にくれた。
「……ありがとう………」
心底藤真はそう、一志に告げた。この何よりも優しい幼なじみに。
そして心の中で呟く――――ごめんね、と。

君が幸せでいられるならば、それだけで良かった。

君が微笑っていられるならば、それだけで良かった。
君が幸せでいられるならば、それだけで良かった。
それだけで、良かった。
他に何一つ望まないから。どうか。
――――その優しい夢を、壊さないで下さい。

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