星屑の涙・10

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それはどんなものよりも、強い絆。どんなものよりも、かけがえのない絆。


何時か全てが終わった時。本当に全てが終わった時、お前がその瞳をわしに向けていたならば。その時になっても、お前がその瞳をわしに…向けていたならば。その時には、わしはお前に告げるだろう。


――――ありがとう、と。そう告げるだろう。



どんな命だって生きる権利はあって、しあわせになる権利がある。生まれてきた命に違いなどなくて、それはどんなものよりも尊いものだ。生きるという思いは、生きたいという願いは、しあわせになりたいという祈りは…何よりも尊いものなんだ。
「…ララム……」
お前を、見ていた。ずっと見ていたよ。大事な娘として、お前を見ていた。出逢ったあの日から、ぼろぼろになりながらも差し出された手を掴んだあの瞬間から。わしにとってお前はただひとりの娘になった。ただひとりの大切な娘になった。
血など繋がっていなくても、本当の親子でなくても、わしらは誰よりも『親子』だったんだと自信を持って言えるほどに。そうだ、わし達は本当以上の親子だった。
「…お義父さま…あたしの踊り、見てくれた?」
でも今、気が付いた。お前の踊っている姿を見ていて、わしは愚かにも今になって気が付いた。そう思っていたのはわしだけで、お前は。お前にとっては、違っていたのだと。
「見ていたよ、ララム。ずっと、見ていた」
気付かなかった、気付けなかった。こんなにもお前が苦しんでいた事に。お前が無邪気な笑みの下に隠していたものを。お前が…微笑いながらそれでも時折見せた、あの表情の意味が。子供のような屈託のない笑顔の先に見せた、子供ではない顔の意味を。
お前が抱えていたものは…わしには告げられるはずがない。わしに、言える筈がない。わしがお前を娘として望んでいる以上、それをお前は告げられはしないんだ。
「――――お前を、見ていたよ」
痛い程に、苦しいほどに、伝わった。お前の想いがわしに流れてきた。それは言葉じゃない。それは仕草でもない。でも伝わってきた。伝わって、きた。お前の気持ちがわしの中に流れこんできた。それはとても切なく、それはとても苦しく、そして。そしてひどく…喜びに溢れているものだった。
「…ありがとう、ララム……」
辛かっただろう、苦しかっただろう。それでもお前はしあわせだと、そうわしに無言で告げている。言葉ではないもので、わしにそう伝えている。しあわせ、なのだと。ララム、わしもだ。わしも、しあわせだ。お前と出逢えた事が、何よりもしあわせだ。


独りで生きてきた。国の為に、王の為に、生きてきた。それがわしにとって何よりも優先してきたものだったから。
だからそれ以外のものを気付いた時には何も持ってはいなかった。それを後悔している訳ではない。そんな生き方しかわしは出来なかった。ただそれだけの事。
けれどもそんなわしに。そんなわしに、お前は教えてくれた。家族というものを、子供というものを、お前がわしに教えてくれた。
暖かい光だった。まるで春風のようだった。わしの前に現れたひだまりのような少女。よく笑い、くるくると表情を変えて、そして。そして真っ直ぐにわしを見上げて呼ぶ声が。お義父さま、と呼ぶ声が。

どんなにわしを、しあわせにしてくれた事か。どんなにもわしを、優しい気持ちにしてくれた事か。


お前だけが、教えてくれた。わしに、教えてくれた。
理屈じゃない、血の繋がりでもない。もっと、大切なものを。
とても大切なものを、お前だけがわしに与えてくれたんだ。
それはどんなものよりも、どんな事よりも、わしにとって。


――――わしにとっては、かけがえのないものなんだ……


お前がわしに向けている今の想いは、一時の感情なのだろう。助けてもらったという想いと、一番身近な男性としての存在を、恋と錯覚しているのだろう。
「ララム、わしにとってお前は何よりも大事な存在だ」
生まれたての雛が初めて見たものを、親だと勘違いするように。初めて視界に入った相手を絶対だと勘違いするように、お前は…。
「…お義父さま…それは……」
見上げて少しだけ戸惑って、そして言葉を閉じ込めたお前。今ならば分かる。今ならば、分かる。お前がその先に告げたかった言葉を。その先に聴きたかった言葉を。
お前はわしに答えようとしてくれた。娘としてお前を見てきたから、だからお前はわしが望む娘であろうとした。どんなお前でも見たかったのに、自分自身の気持ちがお前を苦しめていた。お前を、苦しめていた。どんなお前でも受け入れたいと思いながらも、わし自身の想いがお前を縛りつけていた。だから、わしが。
「娘として、大切だと思っている。それはずっと変わらない」
わし自身が、お前を解放してやらなければならない。本当のお前を曝け出させるために、もう無理をしないように。無理なんてして欲しくないんだ。わしは、どんなお前でも受け入れるのだから。そう、どんなお前だろうと…わしは……。
「変わらない、それだけはずっと変わらない。だから」
そうだ、わしは。わしを好きだと言うお前でも…受け入れるだろう。そんなお前でも、それがお前自身の本当の心ならば。それが本当の、想いならば。
「だからお前がわしをこれから先どんな風に思ってくれても、今の想いが違うものになっても…それでもわしにとってお前は何よりも大切な存在なんだ」
そうだ、今分かった。今、分かった。わしはお前がわしの娘でも、お前がわしに恋をしていようとも、どんなお前でも…そばにいてほしいと思っている。


どんなお前でも、それが『お前自身』ならば。
わしにとって何よりも大事な存在には変わらないんだ。
どんなお前でもわしにとっては。


――――わしにとっては、大切な娘なんだ。


何が正しくて、何が間違えなのか。それは誰にも分からない。
「…あたしの想いが…変わらなくても?……」
何が正解で、何が過ちなのかなんて。そんなの誰にも分からない。
「…あたしが…あたしが…お義父さまを……」
誰にも分からないんだ。誰にも、決められないんだ。



「…貴方を…父親としてでなく…一人の男の人として…見ていても?」



告げられないと思った言葉。告げることが出来ないと思った言葉。永遠に言えないと思っていた言葉。でも貴方はその言葉をあたしに言わせてくれた。告げさせてくれた。
「どんなお前でも、わしにとっては変わらない。変わらないんだ、ララム」
そっとあたしの髪に貴方は手を触れると、そのまま優しく撫でてくれた。大きな手で、撫でてくれた。
「ずっと、好きでも?ずっと貴方を好きでいても?」
それは父親が娘にしてくれるもの。暖かくただひたすらに優しさだけを与えるもの。貴方にとってあたしは娘だ。ずっとこれからも、娘なんだ。ずっと、ずっと。
「わしはお前が何時かこの気持ちが思い出に変わってくれると思っている。本当に好きな男が出来る日が来ると…そう思っている」
「…変わらなかったら…あたしがずっと…ずっと貴方を好きでいたら?」
先のことなんて誰にも分からない。未来なんて誰にも分からない。けれども。けれども今のあたしは。今のあたしには、この想いが変わることなんて考えられない。考えられないから。
「―――その時は…ララム……」
あたしにとっての全ては今感じている事。今この場所でここで、感じている事が全てだから。



何時しかお前が誰かに恋をし、わしの元から旅立ってゆく事が。
少女ではなく女になって、愛する相手の元へとゆける事が。それが。
それがわしにとっての一番の願いであり、想いだ。それが一番の、願いだ。

けれどもお前が。お前がもしも。もしも、この先ずっと。ずっとわしを見ていたならば。

お前はこれからどんどん綺麗になってゆく。蕾から花が開くように。誰よりも綺麗な娘になってゆくだろう。わしはもう峠を越え、後は年を取ってゆくだけだ。必ずお前よりも先に死ぬ。だから。だからお前には一生一緒にいてくれる相手を、そばにいてくれる相手を選んで欲しい。わしではなく。わしじゃない、お前をずっと護ってくれる相手を。


わしはもう。もうお前をひとりぽっちには、したくないんだ。


それでももしも。もしもお前がこの先ずっと。
「…お義父さま?……」
わしにその瞳を向けるのならば。この瞳を向けるのならば。
「…ララム…その時は……」
それでもお前にとっての『しあわせ』が、わしにあるのならば。




「…その時は…わしが死ぬまで…ずっとお前のそばにいる…お前に…残りの人生を…全て与えよう……」




わしが願う事はただひとつ。お前がしあわせであるように。お前が、ひとりでないように。